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女性のためのオーガズム教室

presented by ふしだらなペニス

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一回一回のセックスが一期一会

 何年もセックスを繰り返している女性とのセックスって、女性の感じ方も予想がつくものだ。もちろん、生理の周期や体調によって快感レベルには波があるけど、最低ラインの保障はできる。そして前戯から挿入、体位変換、最後の射精に到るまで、徐々にパターンも決まってくるものだ。快感そのものは決して飽きるものではないけど、どうしてもマンネリ化していくのは避けられない。マンネリ化するのは、体というよりも、セックスに臨む気持ちの持ちようだと思う。

 しかし、実は、同じ女性とセックスを繰り返しても、一度して同じセックスというのはない。毎回が違うのだ。女性の体調、生理の周期、気持ちは毎回、違う。もちろん、相手をする男の側も、同じと言うことではない。それに互いに同じように年も取っていく。

 こうした毎回のセックスでも、そうした微妙な違いを感じ取ることができれば、セックスを繰り返しても飽きることはなく、毎回が新鮮なものとなる。そのためには、相手の気もちを思いやる心のセンサーを常に働かせ、感性を高めてセックスに臨む必要がある。こうした男の心遣いを、女はデリカシーのある男と呼ぶ。

 このことは、大きなペニスを持った男の場合、忘れてはならない。特に久しぶりのセックスだと、どうしても男の側は興奮して、激しく奥まで突きまくってしまうものだ。女性の側も、多少は我慢してくれる。しかし、生理の周期によって、奥まで突かれると痛いという女性の場合、せっかくの久しぶりのセックスが、痛みで台無しとなってしまう。

 同じセックスという行為でも、体外にでているペニスを女性の体に差し込むだけの男と、体の奧深くに男のペニスを受け入れる女とでは、まるでその意味するものが違うのだ。ペニスだけで気持ちよさを感じている男に対し、女は体内にある膣で感じることによって、いわば体の内側から全身で感じているのだ。逆にそれが不快感や痛みとなると、それは全身にいってしまうということだ。

 全身で感じるとろけるような快感か、全身で感じる不快感か。その境は紙一重だ。このことを、男は常に忘れることなく、女とのセックスに臨むべきだ。もっとも、これは自分自身への反省の意味もこめているんだけどね。




セックスしながら他の人を思う

 長い人生には、なんらかの理由で、それほど好きでもない相手とセックスすることになってしまった、ということがあるものだ。とても相手はできない、というほどの相手でもない場合、まあせっかくのチャンスでもあるし、何となく流れでそうなってしまうことがある。
 男の場合、特に精子が溜っていると、とにかく吐き出したくなるものだ。女の場合は、生理前後で体が疼いている時とか、男に強引に迫られたときに、こういう情況になりやすい。

 まあ、セックスを始めてみて、思っていたよりも相手がうまいとか、体の相性があうとかで、そのままセックスに没頭することもなくはない。しかし往々にして、最初の印象というのは、そう覆されることない。しかし、一旦、始めてしまったら、もう最後までいくしかない。女の場合は、イクことを求めず、早く終わって欲しい、と思う。男の場合は、さっさと射精して終わりにしよう、となる。

 こんな時って、男も女も、実際に結合している目の前の相手ではなく、本当に好きなひと、憧れている人を想像するものだ。目をつむって、その人のことを思い浮かべると、短い時間でも、その人とセックスしている自分を想像することはできる。
 この時、頭の中では現実の相手とは違う人のことを思っているというのは、顔に出る訳でもないので、相手には分らないだろうと高をくくっている。しかし人の感受性というのは敏感なもので、これって何となく分るものだ。相手のノリが今ひとつな時はもちろん、激しく動いていても、心は別な人にある、というのを感じることがある。

  一番、それが表れてしまうのは、目だ。他の人を思っているということを悟られたくないために、こんな時は必ず目をつむる。もちろん、これには、目の前の人の姿を消し去り、頭の中で別な人をイメージする意味もあるが、相手に自分の心を見せたくないという心理も働いている。バックならその心配もないが、正常位の場合、どうしても目が合ってしまう。だから男が女の顔の横に顔を埋めている時って、目をつむりたい場合が多いかな。

 しかし悲しいかな、こうしたイメージも長くは続かず、また現実の世界に引き戻されてしまう。男としては射精する瞬間は、他の女の膣に出している自分を想像したいのだけど、現実にはそうはいかず、少し不本意な射精の快感となる。女の場合は、イカされることがなければ、それまでだけど、好きでもない男にイカされると、これまた複雑な思いで、落ち込んでしまうものだ。

 男も女も、できるものなら、こうした悲しむべき情況は避けたいものだ。逆に、好きな相手と体を合わせている時は、「あなただけを思っている私の心の中を見て!」 と言わんばかり、目を開いて、相手の目をじっと見つめるものだ。男も女も最後は正常位がいいというのは、射精の瞬間だけは、お互いの偽りのない心を確認しながら迎えたい、という心理が働いているのだと思う。もちろん、相手の名前を連呼するという方法もあるけど、言葉よりも目の方が、遙かに雄弁だ。「目は口ほどにものを言う」 は、ことセックスについても言えるということだ。




セックスしようの合図

 セックスって、非日常モードの行為だ。だから、日常モードから非日常モードであるセックスを始めるには、なんらかのモードの転換が必要だ。初めからセックスすることが分りきっているような場合、この転換は自動的というか、あっさりとしている。
 例えば、互いに快楽を求め合うセフレ関係であれば、部屋に入るなり、きつく抱き合ってキスをし、互いの服をはぎ取るように脱がせる。あるいは、互いに黙って服を脱ぎあい、全裸になることがセックスを始める合図となることもある。

 部屋に入って雑談していたりして、どちらかがシャワーを浴びにいくことがセックスを開始する合図となることも多い。一人で浴びるにしろ、二人で浴びるにしろ、シャワーから出たら、セックスを始めることになっているのは了解済みだ。だから男ははやる気持ちを抑えるように、早めに出るし、女は恥ずかしさもあって入念に体を洗う。

 しかし、つきあっている男女がラブホテルではなく、自宅でくつろいでいる時は、何らかの転換が必要だ。特に、「たぶん、いつかのタイミングでセックスするんだろうけど、いつかは分らない。もしかしたら挿入までいかないかもしれない」 というような場合、微妙な空気が漂う。
 あるいは、何らかの理由で泊まっていくことになった時もそうだ。まあ、この場合は、夜になって風呂に入り、布団に潜り込んだ段階で、自動的に抱き合い、セックスするモードになるので自然な流れでセックスまでもっていける。

 問題は、昼間の場合だ。カップルによっては、二人の間で何となく出来上がった、セックスしようの合図があるいものだ。といっても、大抵、最初のアクションは男が取ることが多い。女性の手を握って見つめ合うとか、後ろから抱きついておっぱいを揉みながら、女の髪の香りを嗅ぐとかね。僕の場合、ただ抱き合っただけでは、イチャイチャしているのと同じで、それだけではセックスしようの合図にはならない。よくやる手は、勃起したペニスを女の体に押しつけるか、女の手を取ってズボンの上からペニスを握らせることかな。

 こうした男の側のアクションに対して、女の方も、決まった仕草で応えなければ、セックスしようの合図は成立しない。見つめ合ったところで女の方も抱きついていくとか、後ろから抱かれたら振り向いて抱き合うとかね。ペニスに手を導かれたら、それをやさしくニギニギするとかね。でもって、キスをしたら、もうそこからはセックスするモードに転換する。

 こうした、いわばルーティーとしてのセックスも落ち着いていていいけど、時には、片方が一方的にセックスするモードに切り替えて、相手に迫ることもある。少し無理やりのセックスがこれにあたる。まあ、女の方からいきなりペニスを取り出してフェラするということはあまりないけど、男の方がおっぱいに吸いついたり、パンティーをずり降ろしてクンニを始める、なんてのはある。女も、初めのうちはイヤイヤとしているが、いつの間にか、気持ちよくなって、気が付いたら、セックスするモードになってしまっている、というのもある。

 Mっ気の強い女性だと、こんな感じで始まるセックスも、まんざらではなく、非日常の行為であるセックスの中でも、さらに非日常度の高いセックスに、普段以上に興奮するものだ。こんな場合は、着衣性交からスタートし、最後まで片方が着衣のままというのがいい。当然、最後の射精はバックの体位がいいかな。その方が女にとっても、最後まで 「やられている感」 を楽しめるからだ。




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