FC2ブログ

女性のためのオーガズム教室

presented by ふしだらなペニス

セックスは相手と繋がり、自分を超えていく行為

 セックスって、やはり人間にとっては、非日常的な行為だし、特別な瞬間だ。肉体的にも気持ちいいだけでなく、幸せな気分にさせてくれる。「こんなに気持ちいいことがあるなんて、生きていてよかったな」 「もしかして人間って、このために生きているのかな」 などと思ってしまうことすらある。こうした気持ちは、オナニーでは決して得られない。肉体的な快感は得られても、精神的な満足感は伴わない。時には虚しさに襲われることすらある。

 セックスをすればするほど、「人間にとってセックスって、何なんだろう?」 と思うことがある。もちろん、セックスをする時は、そんなことを考えながらするわけではないし、毎回のセックスが 「最高!」 という訳でもない。それでも人間はセックスを繰り返す。気力と体力が続く限り。

 思うに、人がセックスを求めるのは、人と繋がりたいという根源的な欲求があるのだろう。一人でするオナニーと違って、セックスって相手がいるものだ。オナニーをしている限りは、自分の世界に閉じこもったままだ。たとえ人前で露出オナニーをしても、見せつけている相手は自分の快感を高める「装置」でしかない。深い所では繋がっていないのだ。
 
 しかし、男と女がするセックスは、互いの性器を深く結合することによって成立するわけだけど、その結果、精神的にも深い所で繋がっている感覚を味わうことができる。これが肉体と精神の関係の不思議なところだ。プラトニック・ラブは、精神的に深い繋がりがあっても、肉体的な繋がりがもたらすリアルな繋がりには、到底、かなわない。

 では、男と女は互いの性器を繋げて、何をしようとしているのか? それはズバリ、「自分」 を超えようとしているのだと思う。普段は自分一人の世界にいても、時にその 「自分」 を乗り越えたい、という思いに駆られることがある。セックスは、それをいとも簡単に実現してくれる行為なのだ。
 男と女が深いところで繋がると、具体的には互いの性器を繋ぎ合わせると、1+1=2 以上の何物かが生まれるのだ。それは決して自分一人では作り得ない何かだ。

 それを象徴しているのが、オーガズムだ。といっても、これは自分のではなく、自分の体で相手に与えるオーガズムだ。男と女は、異性のオーガズムがどんなものかは推測するだけで、永遠に体験することができない。それだけに、神秘的でもある。その未知なるオーガズムを自分の体で相手に与えるというのは、なおさら神秘な体験となる。

 女は自分の体で男が射精してくれると嬉しいものだ。それは、自分の体で男の精子を出させた、妊娠しようと思えばできるという、一任米の女になっていることの嬉しさだ。一方、挿入すればオーガズムが保障されている男に対し、女のオーガズムは男次第なところがある。だからこそ、男は射精を我慢してでも、女をイカせたがる。女をイカせた時の神秘的な体験はセックスでしか得られない。その時の嬉しさは、男が自分の体でイッタ時に感じる女の嬉しさの何倍もありそうだ。

 なので互いの性器を繋ぎ合わせても、相手にオーガズムを与えることができないと、完全に 「自分」 を乗り越えたことにはならない。時間差があっても、相手をイカせることができたセックスに精神的な満足感がともなうのはこのためだ。そして、同時オーガズムは、男女が同時に 「自分」 を乗り越えた瞬間だ。その時の一体感といったらないね。

 その時、男は精液という 「自分」 の分身を、深いオーガズムに震える女性の子宮口に向って注ぎ込む。これって、男にとっては物理的にも 「自分」 を乗り越えた瞬間かな。その結果、受精という新しい生命が誕生することによって、女も 「自分」 を乗り越えていくのだ。



スポンサーサイト
[PR]


    posted at 00:00 | セックスの本質 | CM(0)

この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿
















プロフィール

Author:ふしだらなペニス(FP)のプロフィールは「読者の皆様へ」をお読みください。

最新記事
最新コメント
カテゴリ

QRコード

QR

現在の閲覧者数: