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女性のためのオーガズム教室

presented by ふしだらなペニス

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飲尿プレーの100人切り

 「千人切り」 という言葉がある。セックスにおいては、文字通り、1000人の相手とセックスをすることだ。しかし現実には、こんな記録はAV男優を長年やらない限り、難しいだろう。だけど、100人切りなら、普通の男でも頑張れば可能かな。
 ところで、おしっこフェチの男の体験談を読んでいたら、なんと飲尿プレーの100人切りを達成した男の体験談が載っていた。いや、100人ものおしっこを飲むなんて、強者だな、とその時は感心したものだった。

 その時の衝撃というか、対抗心というのか、実は自分でも、おしっこプレーをした女性との体験は、メモをするようになった。まあ、それだけ飲尿プレーというのは、印象深いということだろうね。
 だけども残念ながら、まだ100人切りまでは達していない。やはり相手のあることだし、体調もあるかな。自分でも免疫力が高くなっていると自覚できる時でしか、飲尿プレーって、出来るものでもないしね。

 いつか、100人に達したら、また報告してもいいけど、とりあえず、今までの経験からいって、おしっこを飲ませてくれた女性は例外なく、股間を別な体液で濡らすほど興奮し、未知なる快感に震え、そして自分を女として受け入れてくれたことに感謝してくれた。中には自分のおしっこを飲ませる快感に目覚めてしまって、その後、会う度に飲ませてもらった女性もいるぐらいだ。

 それにしても、おしっこフェチになってしまった僕でも、スタートが遅かったせいか、なかなか100人までには達しない。実際に100人に達した男がいるとすれば、相当のマニアだと思うね。でも世の中、広いから、もしかしたら、おしっこの1000人切りを目指している男もいるかもしれないね。あるいは、もう達成してしまっている男がいるかも。いたとしたら、素直に凄いなと思うし、羨ましいと思うな。




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    posted at 00:00 | おしっこの快感(飲む男) | CM(0)
おしっこプレーの世界に入り込んだきっかけ

 このサイトは、SMや何らかのフェチに特化したものではないつもりだけど、人によっては、おしっこプレーの体験談やエッセーには、多少の違和感を覚えるかも知れないね。今まで、おしっこプレーを共に楽しんできた女性の中には、おしっこを飲んだことでペニスをカチカチにさせているのを見て「ヘンタイだよ…」と、なかば呆れるようにコメントしてきた人もいる。自分でもおしっこを男に飲ませておきながらね(笑)。

 確かに、おしっこプレーって、かなりマニアックな世界だとは思う。しかし自分の中では、おしっこプレーはスカトロの分類には入っていない。クンニしていれば、おりものも愛液も出てくるし、時にはおしっこを漏らしたり、潮を噴くことすらある。女の体内から出る体液を嫌がっていたら、クンニなんかできない。
 やはり基本的に無害なおしっこと、大腸菌だらけのうんちとの間には、超えがたい一線があると思う。クンニとアナリングスの間にも、する側の男には超えがたい一線があるようにね。

 でも、では皆におしっこプレーを勧めるかというと、必ずしもそうでもないかな。やりたい人だけがやればいいと思う。今まで何度もおしっこプレーをしてきたが、やはりこれって、紙一重の世界だ。相手の女性のことを本気で気に入っていないと、とてもできるものではない。それに体調もあるかな。こちら側の体調もよく、受けてたつ気力がないと、こんなプレーはできないものだ。

 それにしても、20代の自分だったら、とても考えられないようなプレーだけど、どうしてこの世界に入り込んでしまったのかな、と思い出してみた。当時は、クンニすらするのに抵抗感があったぐらいだから、思えば凄い変わり様だ。
 きっかけは、30代の頃に読んだ、成田アキラという漫画家がエロ雑誌に書いた体験談だったと思う。実際におしっこを飲んだ時の体験をイラストつきで書いていたのだけど、おしっこって案外、飲めること、初めてこのプレーをする男はあまりの興奮に手も触れずに射精してしまうだろう、というコメントがあった。

 この記事を読んだからといって、すぐに試したいとは思わなかった。そんなことをして、本当のヘンタイの仲間入りはしたくなかったし、その世界に入り込んだら、もう後戻りできなくなるのでは、という怖さもあった。だけど、手も触れずに射精してしまうほどの興奮って、どんなものなのだろう、ということだけは、心の奧深くに強烈な印象として残った。

 この心の深層に住み着いた思いは、ずっと消えることがなかった。そして、一度しかない人生なら、一度ぐらい試してみたい、という思いに駆られるようになった。慣れてみるため、自分のおしっこをコップに出し、指を入れて舐めてみたこともある。しかしとても自分のといえども、飲み込むことはできなかった。そんなある日、実際に女性にお願いして、試してみる機会があった。

 横たわる僕の顔面の上に跨がってもらい、直接、口に出してもらったのだ。その時のドキドキは今でも覚えている。しょっぱくて、独特の匂いと味がしたけど、確かに飲めないものでもなかった。量が少なかったというのもあるけど、なんとその時、僕は興奮のあまり、手も触れずに射精してしまったのだ。
 この時、イヤな印象しかなければ、二度とこんなことはしなかったと思うが、いわばビギナーズ・ラックのようなもで、その時の興奮をまた味わいたくて、どんどんとこの世界にはまってしまったというのが実情かな。

 もう一つは、おしっこを飲まれる女性の側の興奮や快感が半端ない、というのが分ってきたからかな。おしっこプレーの話をすると、最初は皆驚いているけど、本気で拒否してきた女性は一人もいなかった。内心では、「こんなチャンス、滅多にないかも」「できるものなら、一度、やってみたい」と思っているのだ。そして自分のおしっこをおいしそうに飲まれて、皆、「女として嬉しい」「感動した」「愛を感じる」「ありがとう」といった感謝の言葉を述べてくれる。

 本当は、女だって、深層では、自分のおしっこを飲みたいと言ってくれる男がいたら、飲んでもらいたいと思っているのだ。それだけに、一度でもおしっこプレーをすると、その女性と深い絆のようなものが生まれるのだ。たとえ一度限りのプレーであって、決してお互いに忘れることのない、秘密の記憶。それを共有できるというのも、おしっこプレーを続けてきた理由かな。




    posted at 00:00 | おしっこの快感(飲む男) | CM(0)
命の躍動を感じる直飲み

 クンニをしていて、女性がオーガズムに達すると、感極まって思わずお漏らししてしまう女性がいる。女性がオーガズムに浸っている間、男はおまんこに吸いついたままだ。女性が股間を振るわせながらオーガズムに浸っているというのに、ここで驚いて口を離すわけにはいかない。それに女の体から漏れる液体は、すでに愛液として口の中に入れ、飲み込んでいるしね。

 本当に好きな女なら、男は女の体内から出るものを、汚いとは思わない。女が好きな男の精液を抵抗なく飲むのと同じだ。その時の脳裏をかすめる思いを言葉にするなら、「お漏らしなんて、何でもないよ、恥ずかしがらなくていいよ、そんなに気持いいんだ、よかったね、全部出していいよ、僕が一滴もこぼさず、全て飲んであげるから」という感じかな。

 最初は、女の柔らかな粘膜から染み出るかのように、チョロチョロとした液体が口の中に入ってくる。温かく、ちょっとしょっぱい味がするけど、これから起るであろうことを想像すると、興奮して味わうどころではない。
 股間に感じられる力と緊張感から、女の方も漏らすまいとしているのが、唇に伝わる。さらに吸い付いていると、ついに我慢の限界が訪れる。しかし、本当のお漏らしはそうあるものではなく、実際には、女の方から「なんか悪いけど、飲んでくれそうだし、こんな機会ってまずないから、出してみちゃおうかな……」というスイッチが入らないと出ないものだ。
 すると、我慢していたおしっこの回路が開く。じきに、「あっ........」という、声にならない女の驚き、後悔、恥じらい、そして開き直りの声と同時に、股間の緊張が解け、生ぬるい液体が口の中に「シュー」っと入り込んでくる。

 それは熱くもぬるくもない。まさに女の体温そのものだ。人肌のぬくもりって、こんなに微妙な温度だったんだ、という思いがかすめる。ちょっとしょっぱい味はするけど、それ以外は、無味無臭に近い。空気に触れることもないし、鼻に届かないので、おしっこの匂いは全くしない。
 液体を目にすることもないので、それがおしっこだというのは、男の脳内の回路が推測しているだけだ。この回路が働かなければ、おしっことは分からないかもしれない、不思議な味。たとえて言えば、目隠しされて、お茶とおぼしき液体が入った急須の口に吸い付き、急須を斜めにして口の中に注がれる感じかな?

 そんな温度や味の感触の次に来るものは、女の体内にあったものが、直接、自分の口の中に入ってくるという、それまでの人生で味わったことのない不思議な感覚だ。あ、彼女も生きているんだ、という感覚、大げさに言うと、生命の躍動感に直接触れるようで、感動すら覚える。

 女の方は、男の口の中にお漏らししてしまったことで、軽いパニック状態になっている。でも、その一方で、男以上に、それまで味わったことのない不思議な感覚に酔いしれている。それに、男の唇に尿道口を吸い付かれている感覚も気持ちいい。股間の粘膜から送り込まれる肉体的な快感と、精神的な羞恥心、背徳感、開放感とが混ざり合って、呼吸も止まるほどの擬似オーガズム状態となる。

 流れ出した体液が慣性となって後に続く頃になると、もう女はそれをコントロールできなくなる。肉体の生理現象に身を任すしかなす術はない。そこから生まれる精神的な諦めと、肉体的な弛緩状態。その時の開放感は格別で、心身ともに力が抜ける感じだろう。女が味わっている得も言われぬ感覚は、尿道口に口をつけている男にも伝わる。そう、男は女の体液だけではなく、女が味わっている興奮と快感をも一緒に飲み込んでいるのだ。

 だが、生理現象はそう甘いものではない。あっという間に、口の中は女の体液で一杯となる。ここで口を開き気味にすれば、女に気がつかれずに、その体液を外に出すことはできる。だけど、好きな女の体から出てきた液体を口からこぼすなんて、もったいなくてとてもできない。
 男は意を決して、「ゴクリ」と喉を鳴らしながら、口の中の体液を食道をとおして胃の中に流し込む。日常ではありえない、女の体液が食堂を通過していく未体験の感覚。直ぐに、胃の中から、熱く焦がれるような感覚がフィードバックされる。その感覚に、女の体液が、自分の体内に入り込んだことを確認すると、脳内のスイッチが入り、何かがピーンと弾ける感覚がある。もう取り返しはつかないぞとね。と、同時に、女の体の一部が自分の体内の一部になった感覚に、嬉しさがこみ上げてくる。

興奮状態の中でも、女は男の喉から聞こえる「ゴクリ」というかすかな音を見逃さない。こぼさずに飲まれているのは、股間が濡れない感触からも分かるが、この音で、男が全てを飲み込んでいることを再確認する。心の中では「いやだ、ほんとに飲んでいる! だいじょうぶ? ごめんね...でも嬉しい...」という思いが交差するが、それでも体液は容赦なく流れ続ける。 
 
 それは男の側にとっても同じだ。感動に浸るまもなく、すぐに口の中は、女の体液でまた一杯となる。一定の流速で流れ込む液体。こぼしてしまう前に、また「ゴクリ」と喉を鳴らしながら、体内に流し込む。このあたりになると、女のコントロール不能状態が、男にも伝染するのか、男も体液を飲むという意識もなくなり、ひたすら口の中に満たされる体液を受け入れ続けるしかない。そう、女との完全な同調状態は、全ての体液を飲みこむまで続く。こうなると、あうんの呼吸でまるで二人で共同作業をしているかのようだ。
 男が意識するとしたら、一滴もこぼさないようにすることぐらいだ。だって、飲んでいる間は、さらにどれだけ出続けるのは分からないので、とにかく飲み続けるしかない。

 やがて二人にとっての至福の時は終る。これも生理現象だ。凝縮された時間が静かに終り、いつもの時の流れに戻る。男としては、女の体液を全て、自分の体内で受け止めることができた、満足感で一杯になる。そうそう、お腹も一杯になるけどね。体液そのものは、決しておいしいというものではないが、味わったことのない興奮というおまけがついているので、おいしかった、という気持だけが残る。それと、いつのまにか、股間のペニスは大きく勃起し、ヒクヒクしながら我慢汁を垂らしている。

 女は、全てを出し切ったあとに、改めて恥ずかしさがこみ上げてくる。自分の体液を飲み込んでくれた男にどういう顔をすればいいのか、なんて言葉をかければいいのか、困ってしまう。だけど、恥ずかしさよりも、自分の全てを受け入れてくれたという嬉しさ、愛されているという感覚の方が勝ることを知る。「ありがとう………」と心を込めて男に感謝の気持を表わす。といっても、キスまでしてくる女は、ほとんどいないけどね(笑)。




    posted at 00:00 | おしっこの快感(飲む男) | CM(0)
男が女のおしっこと共に飲むこむもの

 女のおしっこを飲む男は、決して単なる女の排泄物としての「尿」を飲み込んでいる訳ではない。それ自体は、しょっぱくけっして美味なものではない。場合によってはある種の苦痛を伴う。しかしそれでも男が好きな女のおしっこを飲むことができるのは、おしっこには、それ以外のいろいろなものが付随しているからだ。男は女のおしっこと共に、何を飲み込んでいるのか?

 おしっこを飲む男は、女の排泄物を飲んでいるという意識はない。それはあくまで、愛おしいと思う女の体の一部を体内に入れている、という感覚だ。実際、直飲みをすると、女の温かな体液が直接に自分の食道や胃の中に流れ込んでいく。さっきまで女の体の一部であったものが、今は自分の体の中にある。これ以上の女の体との一体感を味わえる瞬間はないだろう。これって、経験したことのある人間にしか分らない、不思議で神秘的な体験だ。

 おしっこを見られるのって、女にとっては恥ずかしものだ。ましてや、それを男に飲まれてしまうのって、ものすごく恥ずかしいことだ。なので、おしっこを飲まれて恥ずかしそうにしている女の場合、男は女の恥ずかしさをも飲み込んでいる。女としては、そんなものまでも飲んでくれる男に、女として認められたような気分になり、感動し、感謝する。そう、男は、女の感動や感謝の気持ちをも一緒に飲み込んでいるのだ。
 同時に、そんな恥ずかしいことをするという、女の勇気と覚悟をも飲みこんでいる。これが真性のS壌の場合、男はおしっこを受け入れると同時に、女の征服欲や支配欲をも受け入れることになる。

 また男の側としても、いろいろなものを飲む込むことになる。それは恥ずかしさなんていうレベルのものではなく、かなりヘンタイ的な行為をしているという自覚からくる、複雑な思いだ。それは常識でもあり、世間体でもあり、自分自身のプライドでもある。いい年をして仕事もバリバリしている大人の男が、女のおしっこを一滴でも飲み込んでしまうと、そうしたプライドはあっけなく粉砕され、粉々になっておしっこと共に胃の中に流れ込んで行ってしまう。それは屈辱でもあるけど、なんとも言えない解放感がある。自分は女のおしっこでも飲めてしまうんだ、という妙な嬉しさもある。

 もちろん、時には不安もある。もう普通の人間に戻れないのか、という不安のほか、あまりにおしっこがしょっぱくて、しかも大量に出続けると、病気にならないかとか、お腹を壊さないかといった不安がよぎる。しかし一度出だしたら、もう最後まで飲むしかない。この時の後悔、屈辱感、被征服感は、半端ではない。その証拠に、あまりの興奮に、おしっこを飲みながら、手も触れずに射精してしまうこともしばしばだ。そう、おしっこと共に、男は「射精の引き金」になるほどの興奮を飲み込んでいるのだ。だから、一度でもこの興奮を味わってしまうと、病みつきになってしまうのだろう。

 そして全て飲み終わった後に、女から、興奮したこと、気持ちよかったこと、嬉しかったこと、などを告げられると、おしっこを飲むことによって、自分は女への愛を行動で示したのだ、という気持ちになる。おしっこまでも受け入れてしまうほどの深い愛。ここに到って、それまで心をよぎったさまざまな感情ー女の羞恥、感動、感謝、覚悟、解放感、男の後悔、不安、屈辱、被征服感、興奮などは、女への「愛」に収斂されていく。そしてそれをまた次の「愛の証」としておしっこを飲むという行為の、言い訳となっていく。




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