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女性のためのオーガズム教室

presented by ふしだらなペニス

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命の躍動を感じる直飲み

 クンニをしていて、女性がオーガズムに達すると、感極まって思わずお漏らししてしまう女性がいる。女性がオーガズムに浸っている間、男はおまんこに吸いついたままだ。女性が股間を振るわせながらオーガズムに浸っているというのに、ここで驚いて口を離すわけにはいかない。それに女の体から漏れる液体は、すでに愛液として口の中に入れ、飲み込んでいるしね。

 本当に好きな女なら、男は女の体内から出るものを、汚いとは思わない。女が好きな男の精液を抵抗なく飲むのと同じだ。その時の脳裏をかすめる思いを言葉にするなら、「お漏らしなんて、何でもないよ、恥ずかしがらなくていいよ、そんなに気持いいんだ、よかったね、全部出していいよ、僕が一滴もこぼさず、全て飲んであげるから」という感じかな。

 最初は、女の柔らかな粘膜から染み出るかのように、チョロチョロとした液体が口の中に入ってくる。温かく、ちょっとしょっぱい味がするけど、これから起るであろうことを想像すると、興奮して味わうどころではない。
 股間に感じられる力と緊張感から、女の方も漏らすまいとしているのが、唇に伝わる。さらに吸い付いていると、ついに我慢の限界が訪れる。しかし、本当のお漏らしはそうあるものではなく、実際には、女の方から「なんか悪いけど、飲んでくれそうだし、こんな機会ってまずないから、出してみちゃおうかな……」というスイッチが入らないと出ないものだ。
 すると、我慢していたおしっこの回路が開く。じきに、「あっ........」という、声にならない女の驚き、後悔、恥じらい、そして開き直りの声と同時に、股間の緊張が解け、生ぬるい液体が口の中に「シュー」っと入り込んでくる。

 それは熱くもぬるくもない。まさに女の体温そのものだ。人肌のぬくもりって、こんなに微妙な温度だったんだ、という思いがかすめる。ちょっとしょっぱい味はするけど、それ以外は、無味無臭に近い。空気に触れることもないし、鼻に届かないので、おしっこの匂いは全くしない。
 液体を目にすることもないので、それがおしっこだというのは、男の脳内の回路が推測しているだけだ。この回路が働かなければ、おしっことは分からないかもしれない、不思議な味。たとえて言えば、目隠しされて、お茶とおぼしき液体が入った急須の口に吸い付き、急須を斜めにして口の中に注がれる感じかな?

 そんな温度や味の感触の次に来るものは、女の体内にあったものが、直接、自分の口の中に入ってくるという、それまでの人生で味わったことのない不思議な感覚だ。あ、彼女も生きているんだ、という感覚、大げさに言うと、生命の躍動感に直接触れるようで、感動すら覚える。

 女の方は、男の口の中にお漏らししてしまったことで、軽いパニック状態になっている。でも、その一方で、男以上に、それまで味わったことのない不思議な感覚に酔いしれている。それに、男の唇に尿道口を吸い付かれている感覚も気持ちいい。股間の粘膜から送り込まれる肉体的な快感と、精神的な羞恥心、背徳感、開放感とが混ざり合って、呼吸も止まるほどの擬似オーガズム状態となる。

 流れ出した体液が慣性となって後に続く頃になると、もう女はそれをコントロールできなくなる。肉体の生理現象に身を任すしかなす術はない。そこから生まれる精神的な諦めと、肉体的な弛緩状態。その時の開放感は格別で、心身ともに力が抜ける感じだろう。女が味わっている得も言われぬ感覚は、尿道口に口をつけている男にも伝わる。そう、男は女の体液だけではなく、女が味わっている興奮と快感をも一緒に飲み込んでいるのだ。

 だが、生理現象はそう甘いものではない。あっという間に、口の中は女の体液で一杯となる。ここで口を開き気味にすれば、女に気がつかれずに、その体液を外に出すことはできる。だけど、好きな女の体から出てきた液体を口からこぼすなんて、もったいなくてとてもできない。
 男は意を決して、「ゴクリ」と喉を鳴らしながら、口の中の体液を食道をとおして胃の中に流し込む。日常ではありえない、女の体液が食堂を通過していく未体験の感覚。直ぐに、胃の中から、熱く焦がれるような感覚がフィードバックされる。その感覚に、女の体液が、自分の体内に入り込んだことを確認すると、脳内のスイッチが入り、何かがピーンと弾ける感覚がある。もう取り返しはつかないぞとね。と、同時に、女の体の一部が自分の体内の一部になった感覚に、嬉しさがこみ上げてくる。

興奮状態の中でも、女は男の喉から聞こえる「ゴクリ」というかすかな音を見逃さない。こぼさずに飲まれているのは、股間が濡れない感触からも分かるが、この音で、男が全てを飲み込んでいることを再確認する。心の中では「いやだ、ほんとに飲んでいる! だいじょうぶ? ごめんね...でも嬉しい...」という思いが交差するが、それでも体液は容赦なく流れ続ける。 
 
 それは男の側にとっても同じだ。感動に浸るまもなく、すぐに口の中は、女の体液でまた一杯となる。一定の流速で流れ込む液体。こぼしてしまう前に、また「ゴクリ」と喉を鳴らしながら、体内に流し込む。このあたりになると、女のコントロール不能状態が、男にも伝染するのか、男も体液を飲むという意識もなくなり、ひたすら口の中に満たされる体液を受け入れ続けるしかない。そう、女との完全な同調状態は、全ての体液を飲みこむまで続く。こうなると、あうんの呼吸でまるで二人で共同作業をしているかのようだ。
 男が意識するとしたら、一滴もこぼさないようにすることぐらいだ。だって、飲んでいる間は、さらにどれだけ出続けるのは分からないので、とにかく飲み続けるしかない。

 やがて二人にとっての至福の時は終る。これも生理現象だ。凝縮された時間が静かに終り、いつもの時の流れに戻る。男としては、女の体液を全て、自分の体内で受け止めることができた、満足感で一杯になる。そうそう、お腹も一杯になるけどね。体液そのものは、決しておいしいというものではないが、味わったことのない興奮というおまけがついているので、おいしかった、という気持だけが残る。それと、いつのまにか、股間のペニスは大きく勃起し、ヒクヒクしながら我慢汁を垂らしている。

 女は、全てを出し切ったあとに、改めて恥ずかしさがこみ上げてくる。自分の体液を飲み込んでくれた男にどういう顔をすればいいのか、なんて言葉をかければいいのか、困ってしまう。だけど、恥ずかしさよりも、自分の全てを受け入れてくれたという嬉しさ、愛されているという感覚の方が勝ることを知る。「ありがとう………」と心を込めて男に感謝の気持を表わす。といっても、キスまでしてくる女は、ほとんどいないけどね(笑)。




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    posted at 00:00 | おしっこの快感(飲む男) | CM(0)
男が女のおしっこと共に飲むこむもの

 女のおしっこを飲む男は、決して単なる女の排泄物としての「尿」を飲み込んでいる訳ではない。それ自体は、しょっぱくけっして美味なものではない。場合によってはある種の苦痛を伴う。しかしそれでも男が好きな女のおしっこを飲むことができるのは、おしっこには、それ以外のいろいろなものが付随しているからだ。男は女のおしっこと共に、何を飲み込んでいるのか?

 おしっこを飲む男は、女の排泄物を飲んでいるという意識はない。それはあくまで、愛おしいと思う女の体の一部を体内に入れている、という感覚だ。実際、直飲みをすると、女の温かな体液が直接に自分の食道や胃の中に流れ込んでいく。さっきまで女の体の一部であったものが、今は自分の体の中にある。これ以上の女の体との一体感を味わえる瞬間はないだろう。これって、経験したことのある人間にしか分らない、不思議で神秘的な体験だ。

 おしっこを見られるのって、女にとっては恥ずかしものだ。ましてや、それを男に飲まれてしまうのって、ものすごく恥ずかしいことだ。なので、おしっこを飲まれて恥ずかしそうにしている女の場合、男は女の恥ずかしさをも飲み込んでいる。女としては、そんなものまでも飲んでくれる男に、女として認められたような気分になり、感動し、感謝する。そう、男は、女の感動や感謝の気持ちをも一緒に飲み込んでいるのだ。
 同時に、そんな恥ずかしいことをするという、女の勇気と覚悟をも飲みこんでいる。これが真性のS壌の場合、男はおしっこを受け入れると同時に、女の征服欲や支配欲をも受け入れることになる。

 また男の側としても、いろいろなものを飲む込むことになる。それは恥ずかしさなんていうレベルのものではなく、かなりヘンタイ的な行為をしているという自覚からくる、複雑な思いだ。それは常識でもあり、世間体でもあり、自分自身のプライドでもある。いい年をして仕事もバリバリしている大人の男が、女のおしっこを一滴でも飲み込んでしまうと、そうしたプライドはあっけなく粉砕され、粉々になっておしっこと共に胃の中に流れ込んで行ってしまう。それは屈辱でもあるけど、なんとも言えない解放感がある。自分は女のおしっこでも飲めてしまうんだ、という妙な嬉しさもある。

 もちろん、時には不安もある。もう普通の人間に戻れないのか、という不安のほか、あまりにおしっこがしょっぱくて、しかも大量に出続けると、病気にならないかとか、お腹を壊さないかといった不安がよぎる。しかし一度出だしたら、もう最後まで飲むしかない。この時の後悔、屈辱感、被征服感は、半端ではない。その証拠に、あまりの興奮に、おしっこを飲みながら、手も触れずに射精してしまうこともしばしばだ。そう、おしっこと共に、男は「射精の引き金」になるほどの興奮を飲み込んでいるのだ。だから、一度でもこの興奮を味わってしまうと、病みつきになってしまうのだろう。

 そして全て飲み終わった後に、女から、興奮したこと、気持ちよかったこと、嬉しかったこと、などを告げられると、おしっこを飲むことによって、自分は女への愛を行動で示したのだ、という気持ちになる。おしっこまでも受け入れてしまうほどの深い愛。ここに到って、それまで心をよぎったさまざまな感情ー女の羞恥、感動、感謝、覚悟、解放感、男の後悔、不安、屈辱、被征服感、興奮などは、女への「愛」に収斂されていく。そしてそれをまた次の「愛の証」としておしっこを飲むという行為の、言い訳となっていく。




    posted at 00:00 | おしっこの快感(飲む男) | CM(0)
奉仕系Mとしてのおしっこ飲み

 おしっこを飲ませる女にも、MとSがあるように、おしっこを飲む側の男にも、MとSがあると思う。SMクラブなんかは、その役割がはっきりとしていて分かりやすい。客におしっこを飲ませる女はどう見てもSだし (少なくともそれを装っている)、飲む側の男は完璧なMといっていいだろう。おしっこ系のAVも、ほとんど全てこの路線で、いやがる男の顔や口に容赦なくおしっこを浴びせるというのが多い。さらには、ペットボトルやチューブなどを使って、強制飲尿というのもある。

 ところが、僕に言わせると、おしっこを飲む男の全てが完全なM男かというと、そうでもないと思う。少なくとも僕はね。初めてのおしっこ飲みに挑戦した時には、M的な背徳感に対する好奇心がなかったとは言わない。しかし、実際におしっこを飲んであげると、女もそれまで味わったことのない興奮を覚え、自分の全てを受け入れてくれた、と感動もする。この女性の興奮と感動があるからこそ、おしっこを飲んであげることができるのだ。これって、単純なSやMの世界ではなく、「奉仕系M」 の世界だと思う。

 だから、好きでもない女のおしっこは決して飲むことはできない。あくまで好きになって、彼女を喜ばせてあげたい、と思わせる女でなければ、とてもできるものではない。誰のでもいいから飲みたい、というわけでは決してない。
 それに、いくら慣れても、おしっこそのものは、決しておいしいものではない。薄味のならまだいいとしても、濃いやつだと、しょっぱいし、苦いし、アンモニア臭い。コップにとっておいたりして、時間が経ったものだと、とても喉を通るものではない。

 これは、残念ながら好きになった女性のおしっこでも、例外ではない。あくまで、興奮している生身の女性の尿道から直接、口の中にそそがれるからこそ、なんとか飲めるのであって、そうでなければ、なかなか辛いものがある。あと、自分でも興奮していることも、条件かな。なので、一度、射精してしまうと、口に受けることはできるけど、飲み込むとなると、やはり辛いものがあるかな。
 時には、おしっこを飲みながら、「おいしい」 と感じることもあることはある。あまりしょぱくないおしっこで、自分も相手の女性ももの凄く興奮している時など、そう感じることがあるけどね。これって、きっと精神的な要素が強いと思う。

 自分の興奮のためではなく、あくまで女を喜ばせようとして飲んでいることは、相手の女性にもしっかりと伝わる。というのも、無理やりに、まずいものを飲まされているのとは真逆だからだ。どういうことかというと、その女性を愛おしく思うあまり、その女性の体から出るもの全てが愛おしく思えてきて、自分の体内に入れるわけだから、一滴もこぼさず飲みたいと思うし、何よりも、おいしそうにゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んでくれるからだ。

 全て飲み終わった後に、おしっこだらけの股間を舐めてあげるのも、ヘアーや大陰唇についたおしっこの滴まで、全て飲み込んであげたいからだ。そんなお掃除クンニをされたら、女としては、感動しない訳がない。ほとんどの女性は、飲んでもらったあとに、心から 「ありがとう」 と言ってくれる。S壌は決してそんなことを言わない。

 ただ、面白いのは、初めておしっこを飲まれた女は、恥ずかしくてたまらず、どちらかというと、Mっ気を刺激される。ところが、慣れてくると、男におしっこを飲ませるという、精神的な快感に目覚めていき、かなりSよりになっていく。逆に、男の場合も、最初は女に恥ずかしさの極致を味あわせてあげよう、興奮させ、喜ばせよてあげよう、という、どちらかというとSよりな立場からスタートしても、徐々に、おしっこまで飲んでしまっている自分に興奮していき、Mよりにシフトしていくことは確かだ。

 それでも、好きでもない女のおしっこはやはり飲めないし、完全な自己満足というか、自分の興奮のためだけに飲むことはない。自分でも背徳的な興奮を味わっていることは間違いないけど、やはり相手の女性に興奮して、気持ち良くなって欲しい、異次元の快感を体験して欲しい、という気持ちが消えることはない。まあ、正直いうと、この両方の比率は、50対50という感じかな。

 おしっこを男に飲まれた女性の体験談なんかを読んでいると、Sな男も少数いるけど、どちらかとうと真性のMな男が多いようで、僕のような奉仕系のMの男は、それほどいないようだ。でも、こうした 「対等」 な関係のプレーというのも、男女ともに、SとMの両方を味わえるわけだから、悪くないと思うけどね。




    posted at 00:00 | おしっこの快感(飲む男) | CM(0)
おしっこプレーの両義性

 男の体や口におしっこをしたり、さらには飲ませる行為って、実はSとMの世界の両方に跨がっている。その意味では、顔面騎乗でのクンニに似ていて、両義的なものだ。

 女性が初めて体験する場合であれば、ほぼ例外なく、女性は辱めを受ける側だ。そもそも、男の前でおしっこするところを見られるだけでも、恥ずかしいものだ。ましてや、おしっこを男の顔や口に出すのは、さらに背徳的だ。そして、そのおしっこを飲まれるのは、恥ずかさの極致だ。おまけに、尿道口に吸いつかれての直飲みは、快感もともなうので、恥ずかしさに気持ち良さが加わり、なんとも言えない快感となる。おしっこをコップに取って飲まれるのも、飲む姿を間近で見ることができるため、直飲みとはまた違った衝撃があるものだ。

 ところが、何回か飲まれていると、「男に自分のおしっこを飲ませる」という意識が芽生えてくる。飲ませる恥ずかしさは完全には消えないが、背徳的な快感がやみつきになってくる。「私のおしっこ、そんなに飲みたいの?」 「私のおしっこ、おいしい?」「 私のおしっこで興奮するんだ」 となり、「なら、飲ましてあげてもいいよ。その代り、一滴もこぼさずに飲んでね!」 となってくる。

 回数をこなしていると、直飲み以外にも、全身にかけたり、勃起しているペニスにかけたり、顔にかけたりといったプレーも経験していくようになる。こうした放尿プレーとなると、もう限りなくSの世界となる。
 飲尿プレーも、コップなどにとって女の手で無理やり飲ませたり、男を拘束したりして飲ませると、もう完全にSの快感を感じるようになる。つまり、放尿や飲尿プレーをくりかえしていくと、ほとんどの女性が、MからSへと目覚めていくということだ。

 これは、相手をする男も同じだ。最初は、恥ずかしがる女におしっこさせたり、目の前で飲んでしまったりして、女を驚かせ、恥ずかしがらせるのが楽しくもある。この時点では、男はどちらかというとSだ。
 しかし、女の意識が転換し、「飲ませる」 という感情が出てくると、男には、「飲まされている」 という感情がおこってくる。Sな男がMに転換する瞬間だ。      

 一人の女性のおしっこを繰り返し飲んでいると、この転換がはっきりと分かる。中には、一回目で男に飲ませる快感に目覚めてしまう女性もいるけどね。ちなみに、SMクラブでのS壌による男への 「聖水プレー」 は100%、Sの世界だ。定番のメニューとしておしっこを飲ませるわけだから、恥ずかしがってなんかいたら、仕事にならないしね。
 そして、男としても、最初は女の驚く姿、恥ずかしがる姿を楽しんでいたはずなのに、いつの間にか、「飲まされる」 興奮と快感にシフトしていってしまう。
 なので、飲尿プレーには両義性があるといっても、それは時間軸によって一定のベクトルがあるということかな。




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