FC2ブログ

女性のためのオーガズム教室

presented by ふしだらなペニス

このページ内の記事タイトルリスト

涙と笑いは伝染する、そしてオーガズムも

 ヒトが進化の過程で、直立二足歩行を始め、家族や社会を形成していくうえで、ヒトの持つ共感能力というのが大事な役割を果たしたと言われている。共感能力とは、他者の喜びや悲しみを共感できる能力のことだ。言い換えると、感動を分かちあえる能力と言っても言い。ヒトは感動だけではなく、食事をも分かち合う。ヒトが共感能力を育んでいった過程で、この共食が大きな役割を果たしたことも、よく指摘されることである。

 この共感能力があるからこそ、人は居合わせた人と共に笑い、悲劇の物語に共に涙する。そう、みな経験していることではあるが、笑いと涙は伝染するのだ。「もらい笑い」という言葉はないが、これに近い経験はよくある。そして「もらい泣き」という言葉があるように、涙の場合はさらに伝染力が強い。もらい泣きをしたことのない人など、まずいないだろう。

 ところで、笑いや涙は伝染するものというのは自覚していたが、最近、もう一つ、人と人との間で伝染するものがあることに気がついた。そう、それはオーガズムだ。
 セックスをしていて、最後に射精する時って、男女とも同時にイキたいと思うものだ。なので、双方が狙っているとはいえ、同時オーガズムって思いの外、実現しやすい。偶然にしては起りすぎなのだ。これはもう伝染すると考えた方がいい。

 男の場合、射精を決意すると、ラストスパートをかける。腰の動きが猛烈に早まるのは、それだけ摩擦係数を高くして、刺激を強め、一気に射精までもっていこうとするからだ。そして射精の直前、ペニスがさらに膨張して硬くなり、次の瞬間、ピクンピクンと跳ね上がり、ドックンドックンと精液を放つ。
 この一連の動きは、挿入されている女にも手に取るように分かるものだ。なので、こうした物理的な刺激によって、女のオーガズムが引き起こされるというのはあるけど、やはり、それだけでは同時オーガズムは起らない。もっと精神的なものがあるはずだ。いわば、「もらいオーガズム」 ともいうべきものがあると思う。

 セックスに慣れていて、自分のオーガズムをコントロールできる女性なら、男の腰の振り方から男の射精のタイミングを計って、合せるなんて裏技ができる。相手が早く射精しそうなら、自分からも登り詰めようとしたり、逆にイクのを我慢することすらできる。そして男の射精にあわせて我慢していたオーガズムを解禁する。こういうイキかたの方が、快感も高いというのを知っているのだ。

 これは意図的に同時オーガズムを狙った場合だ。しかし、うまくいかず、男の方が先に射精してしまっても、男が自分の体で気持ちよくなってくれた、ということに女として嬉しくなり、追いかけるようにオーガズムに達する女性は多い。あるいは、自分の体の上で全力で腰を振り、射精の快感に雄叫びをあげながら、跳ね回る姿に興奮し、感動のあまりイッテしまう。さらには、温かな精液がお腹の奧に広がる感覚に、中出しされた事実を再確認し、その被征服感に興奮してイッテしまう女性も多い。これなどは、もうオーガズムが伝染したとしか言いようがない。

 では、セックスにおいて能動的な男の立場からみたらどうか。同時オーガズムを狙っている場合、相手の女のよがり声や、腰や膣の痙攣といった物理的な快感の刺激もあるけど、女も確実にイッたと思うと、もう自分もイッテいいという安堵感があり、このタイミングで自分もイキたいと思い、さらに腰の動きを早めるものだ。
 ほんの少し、女の方が先にイッテくれるというのが、男にとっては理想的かな。しかしこれだと、まだどこか男には「女をイカせるという仕事」をしているようなところがある。

 ところが、男にも女のオーガズムの興奮が乗り移ってしまって、意図していなかったのに思わす射精してしまう、なんてことがある。こうなると、もう完全に相手のオーガズムが伝染して起るオーガズムといっていい。そして実は、これがもの凄く気持ちいいのだ。射精を我慢しない、と言うのもあるけど、自らの意思ではなく、いわば脳内スイッチが入ってしまうことによって引き起こされる射精って、何とも言えない気持ち良さがあるのだ。もっとも、女性の多くはこうした快感を普段から得ているのだけどね。
 実際、昔のAVに、「チャネリングセックス」 というのがあった。横でセックスしている女性がオーガズムに達すると、それを見ていただけの女性も、なんとほぼ同時にオーガズムを迎えてしまうというものだ。当初は、ほんとかな、などと思いながら見ていたけど、今は、本当に起こりえると思っている。

 相手のオーガズムに同調して迎えるオーガズムが、かくも気持ちいい理由はどこにあるのか。それは自らの意思ではなく、与えられる快感ということのほか、精神的な満足感が伴うからだ。それはまさに、二人の共感能力が作動して初めて起こり得ることであり、同時オーガズムを迎えることは、単に肉体的な満足感だけでなく、互いに感動を共有したという深い絆で結ばれたことを意味している。それは、同時オーガズムを経験して初めて体験できる世界だ。この絆って、一度でも経験すると、そう簡単に消えてなくなるものではない。




スポンサーサイト
[PR]

    posted at 00:00 | オーガズムの本質 | CM(0)
時間論とオーガズム

 最新の時間論によると、実は時間というのは複数ある、と言われている。時計が時を刻む絶対的な時間に対して、個人が感じる時間というのは、相対的なもので、環境や心理的な要因によって長くなったり、短くなったりする。これって、誰しも経験したことがあるだろう。

 また、二人で何らかの共同作業を行う場合、二人の間だけに流れる、不思議な時間というものが存在する。それは時計が刻む絶対的な時間でも、個人の主観的な時間とも違う。いわば二人がコミュニケーションをかわしながら、同調していく時間だ。これがうまくいかないと、コミュニケーション不全を起こしてしまう。

 共同作業をしている二人の間に流れる特異な時間の例として、社交ダンスや、ペアスケート、シンクロナイズド・スイム、行進、追いかけっこ、などが上げられている。動きがシンクロするというのは、二人の動きがただ機械的に一緒になるのではなく、微妙なズレを瞬間的に調整しながら、限りなく同調するようにと、修正し続けることであるという。 シンクロが美しくみえるのは、実は、この微妙なズレがあるからこそだろう。まったく同じでは、機械の動きを見ているようで、味気ない。

 こんな本を読んでいて、ふと思ったのが、男と女が二人で行う行為であるセックスにも、同じことがいえるのではないか、ということだ。
 そもそも、二人の波長というか、リズムが会わないと、会話もうまく噛み合わないばかりでなく、セックスもしっくりとこないものだ。挿入してスラストしていても、どこか一方的になり、二人で創造してなにか新しいものを創り出す、というようなものにはならない。結局、男が射精して終わり、というセックスになるが、これって、男女とも不満が残るものだ。

 対して、二人の波長がうまく一致すると、会話も弾むし、愛撫していても効果が手に取るように分かる。挿入してから、二人の心と体が同調しているのが互いに感知できる。それは互いが感じている快感を推測し、疑似体験していると言い換えてもいいかも知れない。
 焦らしプレーというのは、相手がどれだけ感じているのが分らなければ、本当の焦らしにならない。スローセックスが成立する条件も同じだ。互いに快感を感じ合っていなければ、ただの間延びしたセックスになってしまう。相手をいつ絶頂トラックに乗せるか、というもくろみも、互いが同調していて初めて可能となる。

 あるいは、意図せずして相手が絶頂トラックに乗ったというのを、感知できるのも、同調しているからこそ可能となる。こうなると、先に相手をイカせて、連続オーガズムに持ち込むこともできるし、射精の我慢が出来そうになかったら、同時オーガスムを目指すことになる。

 女が「イキそう」と男に告げるのも、言葉で同時オーガスムを求めているのだ。それに反応して、男も何とかそれまで射精を我慢しようとしたり、反対に射精モードに入ったりする。男が「イキそう」と女に告げるのも、同じだ。イクのをコントロールできる女の場合、自分がイキそうになっても、男の射精まで(お腹の力を抜いて)イクのを我慢し、男の射精に合せてその直後にオーガズムを迎える女もいる。 

 同時オーガスムって、確かに実際には、機械的な同調ではなく、どちらかがほんの一瞬だけど、先にイキ、もう一人が後追いするというものだ。ラストスパートをかけた男の激しい突きに、女が先にイってしまい、男も我慢していた射精を解除して、イッテいる女の膣内に射精する。あるいは、イッテ痙攣している膣の刺激で、思わず射精してしまうこともある。
 反対に、男が先にイキ、ペニスの膨張やドクドクという射精の動きに反応して、女が男に続いてイク、というパターンもある。生の中出しなら、膣奥に温かな精液がジワーっと広がる感覚で、イク女もいる。

 女としては、このパターンのオーガズムが最高かも知れないね。それは男も同じで、同時にイクよりも、相手がイッタのを確認した上で、まだ痙攣を繰り返してその余韻に浸っている膣に射精することほど、心身ともに興奮することはないね。 
もし、男が我慢しきれずに射精してしまい、女がもう少しでイキそうだと分ったら、男はまだ硬さを維持している間は、腰を振り続けて女をイカせようとする。たとえイケなくても、その優しさに女はジーンとなるものだ。

 全くの同時だと、自分のオーガズムに忙しくて、相手の気持ちまで察するのは難しい。しかし、先に相手がイクと、それをしっかりと感じ取り、その直後に自分もイクと、自分のオーガズムに専念できる。そして相手も、自分がイッタ余韻の中で、相手のオーガズムをしっかりと感じ取ることが出来る。

 こう考えると、同時オーガスムが感動的なのは、機械的な同調そのものにあるのではない。同時オーガスムになるようにと、男女とも自分のオーガズムのタイミングを調整して、相手がイキそうなのを見計らい、自らもオーガズムを迎えようとする、その相手を思う気持ちにある。

 二人のタイミングがぴったり合うと、何か共同作業がうまくいった達成感がある。しかし、どちらかが先にイッて、もう一人がすぐに後追いをするという同時オーガスムも、また何かかわいらしくていい。なぜなら、意図的な一致よりも、そのズレこそに、相手を思う気持ちが表われているからだ。




    posted at 00:00 | オーガズムの本質 | CM(0)
脱力とオーガズム

 スポーツに限らず、筋力や体のパフォーマンスを最大限に発揮するためには、緊張は禁物だ。言い換えると、リラックス、あるいはさらに言えば脱力する必要がある。そうしながら、集中するのだ。緊張と集中は似て非なるものだし、リラックス(脱力)と集中は矛盾しない。言い換えると、最高のパフォーマンスのためには、脱力して集中すること、と言える。

 ところで、セックスもある種のパフォーマンスとすると、この原理が当てはまる。男もがちがちに緊張していたらスムーズで流れるような愛撫やセックスは出来ない。体もがちがちになっていると、しなやかな腰の動きもできない。
 受ける側の女も同様で、緊張していては気持ちよくないし、体に余計な力が入っていては、オーガズムに達することはできない。

 では、この原理と「中イキのためのFPメソッド」との関係はどうなっているのだろうか。「中イキのためのFPメソッド」では、膣口(言い換えればお尻の穴)に力を入れてすぼめるのではなく、下腹部に力を入れるだけでいい、と説いている。これって、矛盾しないのか、という疑問が出されそうだ。

 「中イキのためのFPメソッド」も、基本はリラックス、あるいは脱力が大事だと説いているつもりだ。最大のポイントは、膣口(お尻の穴)の脱力だ。では、下腹部に力を入れるというのは、どう説明されるのか。
 これは、意識の問題とも関連してくるけど、下腹部は自分から力を入れるのではなく、意識をそこに持っていくと、自然と力が入ってしまう、ということだと思う。あるいは、男のストロークによって、そこに意識、つまり力が溜まっていく、ということだと思う。

だからこそ、「お腹に力を入れて客を欺いた遊女のテク」【江戸艶本の世界】で書いたように、わざと自分からお腹に力を入れることによって、男に自分がイキそうだと欺くこともできたわけだ。そうでない場合は、イキそうになると自然とお腹に力が入るものなのだ。

 こう考えると、「中イキのためのFPメソッド」は、お腹に力を入れる、というのがポイントではなく、あくまで膣口(お尻の穴)の脱力にある、と言えよう。
 自分からいこうとはせず、敢えて脱力することによって、より強烈な快感が得られるということはよく言われることだ。なかば無理やりに挿入された女性が、ある段階で抵抗を止め、脱力した途端に、強烈な快感に襲われる、というのもそれに当る。あるいは、さんざんイカされた後、もう体に力が入らない状態で、さらに迎えるオーガズムが失神するほどの快感がある、というのも同じ現象だろう。

 実際、女性はイクまでの間は、お腹に力が入ってしまっても、イクと完全に全身が脱力状態となる。これはもう脳からの司令が全身に行き渡らない状態になっている証拠だ。
 一方、男の方は、射精に向けたラストスパートでは、全身の筋肉を使い、最後の射精の間もペニスを躍動させながら、精液を放出する。セックスにおける男のオーガズムは、脱力してはなかなか得られないのだ(夢精は完全に脱力した状態で起るこそ、気持ちいい。しかしこれはイカせる必要のある相手がいないからできることでもある)。

 男が完全に脱力状態になるのは、射精を終えて、女の上でぐったりとなった時だ。脱力した女の肉体の上に、脱力した男の肉体が被いかぶさる姿ほど、けだるくも美しいものはないかな。




    posted at 00:00 | オーガズムの本質 | CM(0)
プロフィール

Author:ふしだらなペニス(FP)のプロフィールは「読者の皆様へ」をお読みください。

最新記事
最新コメント
カテゴリ

QRコード

QR

現在の閲覧者数: