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女性のためのオーガズム教室

presented by ふしだらなペニス

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女にとってセックスは非現実的な世界ほど興奮できる

 男とセックスする時、恥ずかしさから、なかなかセックスに没頭できない女性は多い。まあ、これは男も同じようなものだけど、男の場合、勃起したペニスの挿入を果たすと、あとは気持ち良さにまかせて腰を振るだけなので、最後の射精を迎える頃にはセックスに没頭しているものだ。

 しかし、女性はセックスにおいて基本的に受け身なので、女性の方がセックスにしていても、どこか冷めている部分があり、男のように自動的にセックスに没頭できるわけではない。女が深いオーガズムを得るには、セックスに没頭できることが大前提だが、そのためには、できるだけ現実から遠い世界へ行くことだ。そう、女にとってセックスは、非現実的な世界ほど興奮できるものなのだ。

 現実的な世界とは、日常的なありふれた世界だ。いつもの相手、いつもの寝室と薄暗い照明、いつもの愛撫といつもの体位。そしてスキンの中への射精で終わるセックス。
 これに対し、非現実的な世界とは、近親相姦や不倫などのいけない関係の相手、会ったばかりの男、複数の男とのセックス、玄関や階段、リビングや屋上、さらには野外でのセックス、体位も犯されているような立ちバックや寝バックで責められる。あるいは自分が上になって貪欲に腰を振るセックス。さらには相手を拘束して責めるセックス。イラマチオをされ、口内に射精される。潮噴きもあれば、おしっこプレーまで体験してしまう。

 まあ、この全てを体験したら、もう立派な 「変態」 の仲間入りだけど、そこまでいかなくても、日常とはどこか違う情況がいくつかでもあれば、女は普段の自分の殻を破り、興奮に身を任せてセックスに没頭し、非現実的な世界にしばし足を踏み込むことができる。

 まあ、非現実的な世界であるほどセックスに没頭できるのは、男も同じであるが、やはり女の方がその傾向は強い。それに、興奮しすぎると男は射精が早まるだけで、没頭すればするほどいい、という訳でもない。しかし、オーガズムの快感が男と比べて格段に深く、しかもそれを繰り返して味わうことのできる女にとっては、興奮しすぎる、ということはない。
 まあ、唯一、問題があるとすれば、こういった非日常の興奮するセックスに浸りすぎてしまうと、日常のセックスでは満足できなくなってしまうことかな。




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    posted at 12:00 | セックスと興奮 | CM(0)
勢いのあるセックス

 女は激しいセックスが好き、と書いた。では、男は激しいセックスが好きかというと、これが必ずしもそうではない。というのも、激しいセックスは、基本的に男がするものであり、これはしようとしてするものではなく、興奮のあまり、結果としてこうなるだけのことだ。それに激しいセックスをすると、体力の消耗もすごい。あの疲れを事前に予測していたら、もう少しセーブした動きになると思うね。

 激しいセックスって、だから女の立場からみた形容なのだ。女は激しいセックスをされると、嬉しくなる。それもそのはず、男はいい女に出会って、気持ちが入った時でないと、激しいセックスなどしないからだ。

 激しいセックスを、より正確に女の心理から言い換えると、 「勢いのあるセックス」 ということだ。とある女性と激しいセックスをしたあと、ぐったりと横たわりながら、いろいろと話をしていた時のことだ。
 激しいセックスの話題になって、やはり女は激しいセックスが好き、という話になった。その理由を聞くと 「勢いのあるセックスをされると、そんなに私とやりたいんだ...」 と思って、キュンとなり、嬉しくなるのだという。他に女がいようとも、少なくとも今は、私一人を一途に追っかけてくれているのね、という気持ちになり、安心もする。そして、そこまで求めてくるなら 「いいよ、やらしてあげる。好きなようにして」 という気持ちになるという。
 
 なるほどね。勢いよく男に求められると、女って、そんな風に感じているんだね。少し無理矢理がいい、という心理も、言い換えれば、自分を激しく求めてくれる勢いのあるセックスが好き、ということでもある。
 この女の気持ち、男ながらもよく分かる気がする。別に何人もの男に取り囲まれたいわけではない。今、私の体を真剣に求めてくる一人の男がいれば、それでいいのだ。他人は関係ない、二人だけの世界がそこにある。

 こうした女性の心理を知ったら、男としても、やたらに激しいセックスをするのではなく、 「勢いのあるセックス」 を心がけるべきだね。この場合の勢いとは、なにも肉体的なものばかりではない。この女を抱きたい、という精神的な勢いも大切だ。

 例えば、部屋に入るなり、きつく抱きしめてキスをし、パンティー越しの股間に顔を埋めて深呼吸をし、シャワー前の全身を舐め回し、洗っていないおまんこにむしゃぶりつく。男の勢いは、これで十分に伝わる。何事も最初が肝心、勢いは最初につけた方がいい。

 変に気取ったり、格好をつけず、その女を抱きたい、という気持ちを正直に、行動に移せばいいのだ。 「こんなこといきなりしたら、いやらしい男と、引かれちゃうかな」 なんて、考える必要はない。セックスそのものがいやらしい行為なんだから、始まってしまえば、何をしようと同じだ。

 勢いのあるセックスは、男にとっても興奮するものだ。恥や外聞を捨て、セックスに没頭している自分って、嫌いじゃないね。まあ、人様には見せられないけど、相手の女性に見せる分には平気だね。だって、相手の女性も恥ずかしい行為を一緒にしてくれているのだから。




    posted at 12:00 | セックスと興奮 | CM(0)
セックスの興奮は女の方が上

 興奮する状況下でのセックスを除き、通常のセックスでは、男よりも女の方が興奮は大きいと思う。
 男女ともオナニーをするとしても、男は女の裸や性器を画像などで見る機会が多いし、手のこったオナニーだと、疑似性交に近い快感を得ることができる。
 一方、女の方は、男の全裸画像や、性器の画像は、女のものほど氾濫していない。バイブをもっていればペニスに近い感覚を味わえるが、実際にもっている女性はそんなに多くないと思う。

 要するに、男の方が女よりもオナニーをしているし、いざという本番にそなえての準備はしている。しかし女は、想像してオナニーをしても、ペニスの挿入に近いオナニーをしているケースは少ないと思う。クリトリスをさわって、Hなことを想像するようなオナニーをいくらしても、実際のセックスのシュミレーションにはならない。

 で、いざセックスとなっても、男は自分の勃起したペニスなんかは毎日みているので、それほど興奮しないし、女性器も同じようなものだ。
 ところが、女からみたら、日常生活ではまず目にすることのない勃起したペニスを見せつけられるし、それを口に含んだりもするし、セックスではそれを膣に押し込まれ、激しく出し入れされ、オナニーでは味わえない快感を送り続けられ、さらには射精までされていく。これは女にとっては、強烈な体験のはずだ。それだけに、セックスの興奮も男以上だと思う。

 だから実際のセックスで、 「日常からの離脱」 という点では、男よりも女の方が遙かに上だと思う。そして絶頂で得られる快感も、女の方が男よりも何倍も強いというのは、多くの男女が認めるところだ。だから、セックスした後の数日間、セックスの余韻がいつまでも体に残るのは、女の方だと思う。女は大きなペニスで激しくかき回されると、膣に男の感触が残ったりするが、男はせいぜい、下半身がすっきりするぐらいだ。

 女の方がセックスの快楽を知ってしまうと、セックスに溺れやすくなるというのも、分かる気がする。セックスをしないならしないでいいけど、一度セックスをすると、なぜかまたすぐにしたくなる、という女性は多い。
 
 男の場合は、女がいようがいまいが、セックスで女をイカせようが、イカせまいが、射精という快感は常に保証されている。だから男の方が、性に対する興味は、恒常的であると同時に、それほど強烈なものでもない。逆に、女の場合は、日常的にセックスする女と、ほとんどセックスしない女との差も激しいし、オーガズムを知っている女と、知らない女との差も激しい。もちろん、こうした男女の差違は、女がセックスでオーガズムに達することができたら、の話だけどね。




    posted at 00:00 | セックスと興奮 | CM(0)
演技とセックス

 別に役者でなくたって、人は自我がある限り、多かれ少なかれ何らかの役を演じている。特に、他者が側にいて、見られている時はそうだ。無我の境地になれれば、脳も休めていいんだけど、そう簡単にはいかない。
 
 人が持っている 「演技」 という本質は、セックスにおいても例外ではない。その最たるものが、女性がよくやる 「イッタふり」 だ。これって、もう完璧に演技だ。で、それに騙されちゃう男がいるわけだから、演技と素との境目は、微妙なわけだ。
 こう考えてみると、女性の 「イッタふり」 は、演じることの延長線のことであり、それほど悪いことではないかも知れない。 「イッタふり」 までいかなくても、男の下手な愛撫に、ちょっと大げさに感じている振りをすることもあるわけで、それまでも否定してしまったら、セックスは案外、味気ないものになってしまうかも知れない。

 さすがに男は 「イッタふり」 などしないが、男でも、大げさに感じている振りをすることはたまにある。例えば、初めてフェラをするという女性に、フェラを教えてあげている時など、うまい舐め方をしたら、 「あっ、そこそこ!」 とかいって、ちょっと大げさに腰をピクピクさせて感じていることを伝えるとかね。

 映像記録の媒体がフイルムだった時代は、カメラの前でセックスをするのは、ごく一部の人々に限られていた。しかしビデオカメラの普及や、携帯やスマホの動画機能などによって、今や、気軽にオナニーやハメ撮りをする時代になった。言い換えれば、誰もが簡単にAV男優やAV女優になれる時代になってしまった。
 ビデオを撮りながらオナニーや、セックスしたことのある人なら分かることだけど、もうこれは完璧に役者になっているね。腰を振りながらも、カメラのアングルを考えるし、自然さを演出するためにカメラ目線を避けるとかね。

 本来は暗がりで行う秘め事だったはずのセックスが、限りなくオープンになってしまっているのが現代だ。それだけ、演じる機会も増えているのかも知れない。
 本来の姿を取り戻す、手っ取り早い方法は、部屋の中を互いの顔も見えないぐらいに真っ暗にしてセックスしてみることだ。暗がりだと、人に見られている感覚はないし、実際、カメラは暗黒では何も映らない。演技のしようもないので、限りなく素になれる。

 セックスの極意は、最初はどこか演じているところがあっても、いつの間にか、セックスに没頭し、自我が消えていくことだろう。肉体的な快感を感じながら忘我の境地に浸れるなら、なにも座禅なんかしなくてもいいことになる。自我を忘れ、演技することも忘れ、本能むき出しになれるセックス....

 そのためには、男と女が、恥ずかしいという思いを捨て、肉体の快感をとことん追究することだ。相手が素になるだけ、自分も素になる。それが相乗効果となって、さらなる異次元の世界へと登っていくことができる。
 そして連続オーガズムの果てに、女性を失神までもっていくことが出来れば、目の前で、忘我の境地にひたっている女の顔や、自我の意識から解放されて全てをさらけ出している女の肉体を目にすることが出来る。




    posted at 12:00 | セックスと興奮 | CM(0)
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