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女性のためのオーガズム教室

presented by ふしだらなペニス

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性教育で何を教えるべきか?(1)

性教育で何を教えるべきかは、非常に難しい問題だ。現在の義務教育現場では、女性と男性の体の構造と妊娠のメカニズム、そして主にコンドームを用いた避妊の方法がメインになっているようだ。中には実際にコンドームの着装実演までするところもあるらしい。といっても、コンドームは本物だけど、生身の勃起したペニスにではなく、模型に着装して終わりだ。

 このコンドームの着装の講習だけでも、性教育の難しさと、何をどこまで教えたらいいか、という問題が浮き彫りになる。
 画一的な張り型に標準サイズのコンドームを付ける練習をしても、果たして、本当に役に立つだろうか? では、ここで先生なり、生徒が皆の前で下半身を脱ぎ、ペニスを露出してリアリティーを出せばいいかというと、これまた問題がある。

 第一、緊張のあまり勃起しなかったら、講習にならない。現実世界では、こういうこともあるので、これはこれでリアリティーがあるけど、そうしたら無理やり勃起させるテクから講習しなければならなくなる。

 男がうまく勃起したとしても、いろいろと問題がある。短小だったり、巨根だったらどうするのか。中には包茎のもあるだろう。包茎だった場合、包茎の話からしなければならなくなる。皮を剥ける仮性包茎ならまだ、剥けばすむけど(それでも痛がったり、恥膏が匂ったりして大騒ぎになるだろう)、真性包茎だと、そのままやるしかないが、見ている生徒はそれが男の標準的なペニスだと思ってしまうかも知れない。

 このように生身のペニスにすると、実にいろいろな問題が起るのだ。サイズが違えば、コンドームのサイズも合わなくなる。短小なペニスだったら、標準サイズのコンドームではユルユルだし、巨根だったら、普通のサイズでは入らない。その為に、最低でも3種類のサイズのコンドームを用意しておき、実際に勃起したペニスを見て、適当なサイズを選ぶことから始めなければならない。学外からAV男優を呼んできたとしても、同じ問題は起るだろう。
 
 男子生徒のペニスが皮の剥けた巨根で、先生のが短小の包茎だったら、女子生徒の嘲笑が起るかも。そうなったら、先生の威厳も地に落ち、その学校で勤めている限り、永遠に噂されてしまうだろう。まあ、反対に、ほれ溺れする巨根なら、先生をそれとなく誘惑してくる学生が現れるかも。あるいは、その噂を聞いた母親らかのお誘いがあるかもね。

 このように、コンドームの着装講習で、生身のペニスを使うと、コンドームのサイズから教える必要が出てくる。結果として、この時点で、ペニスにはいろいろなサイズがあることを、男子学生だけでなく、女子学生にも教えることになる。これって、必要なことだろうか。最初に見たのが巨根だったら、ずっとそれが基準値になってしまうからね。
 さらに、コンドームを着装してくれるのが女子学生だったとしたら、サイズが合わないコンドームを何とか着装しようと悪戦苦闘している間に、その刺激で男が「ドビー」っと射精してしまうこともあるだろう。




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性教育で何を教えるべきか?(2)

 たとえ、サイズがぴったりあっているとしても、コンドームの着装にはいろいろなやり方がある。普通は手で着装するが、よくフーゾク嬢がやるように、口でくわえて、フェラをするようにしてスルスルスルと根元まで収めるやり方もある。このテクは、女性として知っていてもいいが、使い方を間違えると、男に怪しまれるので、そこまで教えるべきかは、問題だね。

 あと、よく精液だめに空気を入れないようにと、指導しているけど、実際にコンドームを使っている男からしてみたら、あまり関係ないかな。僕の場合、出る精液の量が多いせいか、精液だめには収まりきらず、コンドーム全体の1/4ぐらい、精液が溜るので、今ないのだ。なので、いつも空気はあまり気にせず、豪快につけるけど、女性の中には学校で習ったことを覚えているのか、精液だめに少しでも空気が入ると、気にする女性がいる。

 精液だめの役割を説明するなら、実際にコンドームの中に精液を出してみせるのが一番だ。これは、手コキで出すこともできるけど、理想は、実際に膣の中に入れて、射精してみることだ。
 なぜなら、激しく腰を動かした場合、ごく希に、陰毛でゴムが切れ、破けることもあるからだ。女性の先生が、皆の前で男子学生に実際に挿入させ、射精が終ったところで抜いてみたら、コンドームが破れていて、慌てふためく女性の先生…………。コンドームを付けたからと言って、100%安全ではない、というのを身を以て教えるにはいい情況といえるだろう。

 あるいは、射精後、ずっと留まっていると、ペニスが小さくなり、抜いた時にコンドームが膣内に残ってしまうこともある。こうなったら、どうしたらいいのか。これは僕も経験がある。慌てることなく、精液のついていない指先を膣内に入れて、中がこぼれ出ないようにしながら、そっと抜き出すしかない。これも実際に実演して見せなければ、分らない世界だ。

 さらには、コンドームをつけたままの「抜かず二発」は、やっていいのか、まずいのか。これも実践してみて、コンドームの外に精液が漏れるのかどうかも検証してみるといい。あるいは、中折れした時に、一回使ったコンドームを再利用していいのか、まずいのか、といった問題もある。

 うまくコンドーム内に射精し、破けることなく、まだ硬いうちに抜いたとしても、その後の処理の仕方もいろいろある。普通は、口を結わいてこぼれ出ないようにし、ティッシュでくるんでゴミ箱へ、というパターンだろう。しかし、これって、実は男にとっては、あまりされたくないやり方だ。だって、精液は命の源であり、ゴミ箱に捨てられるべき、ゴミなんかではないのだ。

 個人的には、最低でも、口は結わいてもいいけど、枕元にそのまま置いてもらうのもいいかな。一回射精するごとに、枕元に並べられると、まるで何回射精してくれるのか、女に期待されているような気分になる。
 もっといえば、口を結ばず、女の体にかけて精液パックにするか、さらには飲んでくれると、嬉しいけどね。まあ、そんなことを実演したら、その講習に出た女性らは、みなスケベな女になってしまうだろうね。でも、男には喜ばれる女になれるかな。




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性教育で何を教えるべきか?(3)

 コンドームの着装の実習は、まあ、さまざまなペニスの模型と、複数のサイズのコンドーム、それと擬似精液によるコンドーム内の擬似射精、などによって、生身の人間を使わなくても、できなくはない。
 しかし、子供の作り方を教えるのではなく、避妊を教えること自体、生殖の為のセックスではなく、快楽の為のセックスを教えるということが前提になっている。この事自体に、問題はないのだろうか。

 言い訳としては、快楽の為のセックスを教えるつもりはないが、中学生ともなると、性欲の塊となるので、衝動的にセックスしてしまうこともあるだろう。その時に、妊娠することがないように、事前に避妊について教えておくのが目的である、ということもできよう。

 これは、ヒトという動物が、実際に社会的に子育てできる年齢よりも何年も先に、生殖能力の方が備わってしまう、という矛盾が生み出す問題でもある。寄り道になるが、この時間差はなぜ存在するのだろうか?答えはわからないが、一つ考えられるのは、セックスという行為への「準備期間」という意味あいがあるのではないかと思う。

 実際にセックスはできなくても、それを想像し、オナニーに耽る。これによって、セックスに対するイメージを膨らませ、その後のセックス・ライフを豊かにしているのではないかと思う。実際、このいわば準備期間に、オナニーもせず、肉体的な快楽やセックスに対して罪悪感のようなものをもってしまうと、成人してからも、豊かな(言い方を変えれば、スケベな)セックス・ライフを送れなくなる可能性がありそうだ。

 特に女性の場合、このことが言えそうだ。もっとも、女性の場合、出会う男によって、いくらでも開発され、その「遅れ」を取り戻すことは可能だけどね。そういう意味では、男の方がこの準備期間をどう過ごすかが、より大切になってくるとも言える。

 さて、本題に戻ろう。快楽の為のセックスを教えることの是非だが、結論を言うと、ヒトは快楽のためのセックスをする。これは否定しようがない。ならば、本来の性教育は、この快楽をどのように楽しむかを教えるべきではないだろうか?

 しかし、そうすると、また新たな問題が浮上する。それは、肉体的な快楽というのは、極めて個人的な体験であり、それをどこまで追求するか、は個人の問題だ。果たして、それを義務教育で教えるべきだろうか? 人生には、肉体的な快楽よりも、追求すべきことはいくらでもある。なのに、セックスの快楽を、まだセックスを経験していない子供に、まっさきに手取り足取り、教えるべきだろうか? 宗教的な理由から、禁欲的な人生をよしとする考えの人もいるだろう。言い換えれば、何も「寝た子を起こす」必要があるのだろうか、という問題だ。

 例えば、おいしい料理も一つの快楽だ。子供にセックスの快楽を教えることは、世の中には、こんなにおいしい料理があると、子供においしい料理をたくさん食べさせることに近い。これって、いいことだろうか。その後の人生でも、ずっとおいしいものを食べ続けることができればいいが、そうでなかったら、かえって不幸な事かも知れない。あるいは、その楽しみは、大人になってから味わうべきものとして、とっておく、という考えもあろう。

 しかも、セックスの場合、おいしい料理を食べるのと違って、年を取ってくると、徐々にできなくなるものだ。あるいは、自ら遠ざかっていく。だからこそ、若い時から教えるべきだ、という考えも成り立つことは成り立つけどね。人生には、「オナニーの季節」、「セックスの季節」というのがあるのも事実だ。




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性教育で何を教えるべきか?(4)

 人生には「オナニーの季節」しかないのなら、性教育は簡単だ。肉体的な快楽のメカニズムを教え、いろいろなオナニーの方法を教えればいい。まあ、それでも、どこまで極めるかは、また大きな問題ではあるけど。

 例えば、お尻の快感まで教えるのか、ドライ・オーガズムまで教えるのか? あるいは、お漏らしオナニーや尿道オナニー、さらには、露出やSMといった快感倍増装置まで教えるのか、という問題も出てくる。
 まあ、現実的には、希望者にだけ、上級テクニック(より変態チックなオナニー)を教える、というので対応はできるかな。もっとも、上のレベルがあると知ったら、皆がもっと上を目指していくことだろう。

 性教育の内容は、「セックスの季節」になると、格段と難しさが増してくる。なぜなら、これって、相手があってのことだからだ。自分自身の問題と、相手自身の問題、それと両者の相性の問題もある。
 デリカシーのあるテクニシャンに出会えれば、予備知識がなくても、めくるめく快楽の世界に導いてもらえるかもしれないが、そうでない相手だと、いくらこちらに知識があっても、不満だけが残る。こうした男女の出会いの機微だけは、いくら教えても、運命的なものもあるので、無理というものだ。

 男の場合、射精という快楽は、手コキであれ、フェラであれ、セックスであれ、ほぼ保障されているので、快楽をどうやって得るかを教える必要はない。では、何をおしえるべきか? もしあるとしたら、相手の女性をいかに気持ちよくさせるか、というテクニックの問題になるのかな。でも、これって、もう完全に性教育というよりも、セックス講座になってしまう。

 女の場合、オナニーをしていれば、オーガズムの快楽そのものは分る。そういう女性はセックスでもイクことができるようになる確率が高い。クリイキはできても、中イキができない、といいう女性もいるだろうが、これは男次第かな。
 問題は、イクというのがよく分からない女性だ。これは、相手をする男にとっても、対応が難しい。イケるようになることもあるし、無理な場合もある。

 従って、快楽の為のセックスを教えるなら、男よりも、女の方に、しっかりと女の体のしくみと、快感の得方を教える必要がある。でも、これって、学校教育で「女の体の快感を開発する」ことになってしまう。これも、寝た子を起こすことになる。それにこれって、女性の相手をする男の楽しみでもあるんだけどな。

 さらに現在は、性の多様性が聲高に叫ばれている。これに対応するなら、セックスを男と女の間の行為と、規定していいのか、という問題も出てくる。そうなると、レズ講座、ゲイ講座、さらにはバイセクシュアル、つまり両刀使いの講座も必要となってくる。こうなると、もう訳が分らなくなってきて、何でもありの、淫乱な世界のオンパレードとなりかねない。

 それはさておき、とりあえずセックスを男女の間の行為、と規定しても、問題は多い。それは快楽を増幅する装置はいくらでも奧が深いからだ。露出や複数、野外、SM、スカトロといくらでもある。非合法とはいえ、ドラッグの世界もある。これらをどこまで教えるか、という問題が出てくる。
 まあ、ここまで教えず、とりあえず世間でいう「ノーマル」な世界に留めておくにしても、どこまで教えるか、という問題は常にある。女性をイカせるにしても、体位は重要だ。では、教えるのは正常位だけにするのか? 女性上位やバックは? さらには駅弁や逆駅弁まで教えるべきか? もうきりが無い。

 もっとも、僕に言わせれば、これも無限に広がる世界という訳でもない。体位を含め、いろいろなテクニックというのは、極めることは可能だ。全て、教えることも可能だ。
 問題はそこにはない。というのも、セックスって、実はもっと肉体と精神の全てを使ったコミュニケーションなのだ。AVの中のオーガズムとは違う。これをどうやって教えるのか? こればかりは、もう感性とデリカシー、言い換えれば、共感能力の問題でもある。これは、教えてできるものでもないのだ。本人の生まれ持ったものと、育った環境と、意識や努力が生み出すものだ。

 本当に気持ちのいいセックスのありかたを教えたいのなら、小手先のテクニックなんかではなく、この感性をどう磨くかを教えるべきだと思う。
 このブログでも、セックスのテクニックも紹介しているけど、セックスのイメージとか、コミュニケーション(言語、及び非言語)、デリカシー、男と女の関係など、いろいろと、テクニック以外のことも書いている。サイト内では、あまりアクセスがないようだけど、実はこの部分が大事だと思っている。

 その意味では、本音で性教育をしたいのなら、このサイトの記事をくまなく読んでもらうことかな。毎回の授業でいくつかの記事を扱い、皆で議論する。そんな授業の教材にしてもらえるのなら、喜んで無償提供するけどね。
 ただ一つだけ、問題がある。それは、このサイトが本音過ぎて、かなりフェチっぽいというか、マニアックな内容になっていることだ。これを教材にすると、セックスのいろいろなことが分ってくるけど、その反面、生徒全員がかなりのフェチになってしまうことかな(笑)。




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