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女性のためのオーガズム教室

presented by ふしだらなペニス

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男性に愛された後のおまんこ

 「使用前使用後」ということばがあるけど、これって、男女の性器にもいえることだ。男の性器の場合、「使用前」は、これから一戦を交えんとばかり、元気にいきり立っている。挿入を前に、気持ちがはやってヒクヒクしているし、待ちきれずに先から我慢汁を垂らすこともある。金玉も臨戦態勢に入り、二つの玉が激しく動きながらせり上がって来る。

 しかし、酷使した「使用後」となると、芯がなくなり、柔らかくなって、情けけないぐらいに小さくなってしまう。生の中出しだと、酷使したペニスのまわりには、自分の精液と女の愛液とがまとわりつき、怪しげなぬめりと淫靡な匂いを放っている。スキンをつけていても情況は同じで、女の愛液がスキンの外にあるだけで、スキンをとれば、自分が出した精液まみれとなってしまう。

 女性の性器の場合はどうか。「使用前」のおまんこって、興奮や前戯で中が濡れていることはあるけど、小陰唇をぴたりと閉じて、中の粘膜をしっかりとガードしている。淫靡さはそれほどなく、身持ちのいい女の性器という感じかな。しかし、男と同様、「使用後」となると、表情が一変する。

 まず、クンニでイカされたおまんこから。男の唾液と自分の愛液とで、股間まわりはべっとりと濡れている。そして舌先や唇の愛撫による刺激から、小陰唇が充血して、ぷっくりとした二枚の花びらのようになる。クリトリスも充血し、回りを被っている三角形のフードごと盛り上がっている。中には、クリだけが露出して紅い真珠のような輝きを放っていることもある。そして何よりも、舌先を入れられた膣口が、軽く開き気味になり、その奧から男の唾液とも愛液ともわからない透明な体液をだらしなく垂らしている。

 クンニでイカされた後のおまんこって、男から見たらこんな感じだ。しかも、クンニによるオーガズムだけでは、決して満足せず、さらなる快感を求めて、膣口をヒクヒクさせながら、男の生殖器の挿入を待っている。

 その生殖器を飲み込み、男が射精した後のおまんことなると、もっと「使用感」がでる。生の中出しの場合なら、愛液と精液とで股間はベトベト状態となる。奥深くに放たれた濃い精液はすぐには出てこないかもしれないけど、やがて水っぽい液体となって膣口から垂れだしてくる。そしてなによりも、太いペニスでこじ開けられ、激しいスラストで擦りつけられたおまんこは、ぱっくりと小さな膣口を開けて、ヒクヒクとしている。

 普通の男なら、こんな「使用直後」のおまんこなど、クンニしたいとは思わないし、自分のペニスを入れたいとも思わないだろう。だれだって、「使用前」のおまんこがいいに決まっている。
 ところがだ、とある女性の体験談を読んでいたら、この「使用後」のおまんこを指して、「男性に愛された後のおまんこ」という表現を使っていたのだ。ううん、これって、さすがに女性ならではの表現だなと、感心してしまった。そうか、女性はそんなふうに思っているんだ、とそれまでの「使用後」のイメージが払拭される思いだった。


 それにしても「男性に愛された後のおまんこ」って、なんていい表現なんだろう。ネットなどで見ることの出来る、中出し後のおまんこの画像って、言い換えれば、「男性に愛された後のおまんこ」ということだ。こう考えると、また違った表情をみせるから不思議だ。
 まあ、これは他の男に愛されたおまんこなので、羨ましいな、という気持ちしか起きないけど、ふと、そんなおまんこを眺めていると、いじらしくも見えてくる。もし自分がその場にいたら、思わず自分が口でお掃除してあげたくなってしまうかも、という気持ちが起ってしまう。

 他の男に愛されたおまんこでもそう感じるなら、自分が愛したおまんこなら、もっと愛情をもって接することができるようになる。セックスが終ったおまんこって、精液を吐き出した、ティッシュで拭かなければならないような、汚い「穴」などではない。オスの性欲の塊である勃起したペニスを優しく包み込んでくれ、精液を出すほどに気持ちよくさせてくれたおまんこに、男は感謝しなければならない。
 だから僕は、スラストの途中でも、ペニスを抜いてクンニをすることがあるし、射精した後も、お掃除クンニをしてあげるようにしている。おまんこを愛してあげられるのは、ペニスだけでなく、口でもできるからだ。

 このように考えると、スラストの途中でも、いま自分は、この女性のおまんこを愛しているんだ、と感じるようになってきた。クンニの時は、舌と唇でおまんこを愛している感覚はあったけど、スラストしている時も、ペニスでおまんこを愛してあげている、という感覚になってきたのだ。

 ある時、この気持ちを言葉で女性に伝えたことがある。大きなペニスで体の奥まで突かれると、深く愛されている感覚になる、という女性の言葉を思い出して、やさしくスラストしながら、女性の目を見つめながら
「大きなペニスで体の奥まで突かれると、深く愛されている感覚になるって聞いたけど、そんな感じなの?」
「うん、そんな感じがする」
「○○ちゃんのおまんこ、僕のオチンチンでいっぱい愛してあげるね」
「うん、うれしい、ありがとう」

 この瞬間から、僕の腰の動きは、摩擦の快楽を求めてのスラストではなく、「彼女のおまんこを愛している」という行為に変わっていった。一突き一突きに愛を込め、彼女も一突き一突きに僕の愛を感じ取ってくれる。ねっとりとしたキスを交わしながら、僕は射精を我慢し、たっぷりと彼女のおまんこを僕の硬いペニス愛してあげた。
 その甲斐あってか、その日、彼女は生まれて初めての中イキを経験することができた。射精した後も、僕のペニスは硬さを維持し、初めてのオーガズムでボーっとしている彼女をきつく抱きしめ、ねっとりとしたキスをし続けていた。




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「刺したい」 「刺して」

  童貞だったころ、知り合いの男に、女遊びをしているという同い年の男がいた。それなりにかっこうよく、当時としては若いくせにいい車に乗っていた。そいつの口癖は、いい女を見るごとに「刺したいな」というものだった。意味は分るが、なんか動物的な表現でその男を好きになれなかった。セックスというのは、単に生殖器を刺す行為なんかじゃなく、愛情を持った男女が体を一つにするものだ、という 「理想像」 を描いていたのかな。

 やがて僕もセックスを経験するようになったが、やはり 「刺したいな」 という表現を使う気にはなれなかった。しかし、いろいろと経験を積んでいくうちに、確かにそういう表現も当ってはいるな、と思うこともある。
 しかも、同じ表現を女が使うということも知った。発情して、逆ナンパする女の体験談を読んでいたら、ペニスを勃起させている男に向って 「刺して」 という台詞を吐いているのがあったのだ。これは童貞のころに男から聞いた言葉ぐらいに、僕にとっては衝撃だった。

 いまなら、「刺したい」 「刺して」 という表現の意味がよく分かる。セックスって、まさに、押すの股間につきだした針のような生殖器を、メスの股間に、無理やり注射を打つみたいに、突き刺す行為だと思う。どんなに愛し合っていても、行為そのものは、その通りだ。

 しかも、セックスという行為は、刺した針を抜いたり刺したりを繰り返し (時には引きすぎて抜けてしまうこともある)、最後は精液という注射液をオスの生殖器の先っぽから、女の体内に注入することで終る。
 中には、針を抜かずに何度も何度も注射液を出す者もいれば、暫くして回復したら、また刺す者もいる。さらには、お尻の穴に刺す者もいる。女の中には、複数の男に注射針を刺され、たっぷりの注射液を出されてしまう女もいる。自ら刺されたくて、股間を広げる女は、その次元の超えた気持ち良さを知っているのだ。

 男の刺し方が下手だと、女は痛みを覚えることもある。いきなり注射を打たれるのも、女は痛みを覚えるが、それはそれで興奮することもある。普通は、痛みを感じないようにと、事前に、愛液や男の唾液、さらには我慢汁で、穴の入口をたっぷりと濡らしておくのものだ。こうすると、注射針がすんなりと入るだけでなく、すぐに針を刺した効果も現れる。

 こう考えると、処女というのは、まだこの針を刺されたことのない女のことだ。中イキができる女は、この針の気持ち良さを知っている女のこと。二穴同時は、前と後の二個所に同時に針を刺されること。ヤリマンというのは、沢山の針を刺されたことのある女のこと。本番のフーゾクというのは、男がお金を払って女に注射器を刺す行為、ということになる。
 
 こうした行為そのものは、男女の生殖器の形状が変化しない限り、これからも変わることはないだろう。しかしやはり人間は動物ではない。セックスは時には交尾のような動物的なのもあるけど、それだけでは動物のままだ。
 如何に女をその気にさせ、女に針を 「刺して欲しい」 と言わせるか。如何に痛くないように針を刺し、気持ちのいいセックスをするか。そして刺した後も、また刺して欲しい、と思わせるような気持ちにさせるか。大人の男の腕の見せ所だろうね。




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ベッド VS 布団 (2)

 ベッドと布団には、それぞれメリット、デメリットがあると書いた。普段からベッドで寝ていて、セックスもベッドでしている人が、温泉旅館の和室に泊まると、確かに畳と布団というのは新鮮で、それ自体がもう「別世界」となる。そして布団の上のセックスも、たまにはいいな、なんて思ってしまう。しかしこれは旅先でのことであって、日常的に寝て、セックスするには、ベッドと布団のどちらがいいのか。また、男と女では、受け止め方がどう違うのか?

 かく言う僕も、普段はベッドでセックスしているけど、いろいろな体位を試してみたりしていると、布団でやってみたくなった。特に柔らかめのベッドだと、沈み込みがあり、男が片脚を上げたりとか、アクロバティックな体位だと体が不安定となる。それにキングサイズのベッドでない限り、体位変換の時など、ベッドから落ちそうになってしまう。布団ではこういうことはない。
 
 で、久しぶりにフローリングに布団を敷いて、いろいとな体位でセックスをしてみた。以前、布団のデメリットは、ベッドと比べ、体位変換がしにくいことだ、と書いた。確かに、座位から駅弁、四つん這いバックから立ちバックになったりするには、ベッドの方が断然、やりやすい。それに女がベッドの上に横たわり、男がベッド脇に立ってスラストするなどのコンビネーションも、ベッドならではのものだ。

 しかし、それ以外の体位変換だと、むしろ布団の方がやりやすいとも言える。布団のメリットは、なによりも足場が安定していることだ。なので、正常位やバック、女性上位はもちろんのこと、座位や側位(松葉崩しを含む)など、ややアクロバティックな体位でも、体がぶれることなく、スムーズに確実にできる。スペースも、布団を二枚敷けばかなりのサイズとなる。たとえ大きく動いて、布団からはみ出してしまっても、下が畳ならまだなんとかなる。もっとも、フローリングだと、さすがに膝が出たりすると痛いけどね。

 昔は四十八手など、いろいろな体位があったけど、これらは皆、布団の上でのセックスを前提として考案されている。もちろん、男が立つ行う体位も皆無ではないが、男女とも布団という水平な面の上で交わる、という前提というか、制限があったらからこそ、あれだけ多くの種類が生み出されたともいえる。中にはかなりアクロバティックな体位もあるが、これらも布団の上なら、難なく行うことができる。

 もっとも、ここまではスラストする男の側の意見だ。スラストされる女はどうとらえているのか。四つん這いバックとか、側位とか、女性上位などの体位なら、基本的にベッドても布団でも大きな差はないという。男の人が動きやすいなら、布団でもいいという。
 但し、正常位でガンガン突かれる時などは、ベッドの方が衝撃がクッションで受止められるので、女性の体への負担は少ないという。布団だと下が硬いので、逃げ場がなく、男の体重や激しい突きをまともに受止めなければならない。
「でも、その方が刺激も強くなっていいという訳にはならないの?」
「そうですけど、やはり男性とは身長や体重差がありますから、女には負担ですよ」
「そうか。布団だと逃げ場がないのか」
「だから、上の方に逃げるしかないんですよね」
「えっ? 上の方に逃げていた?」
「少しずつ、上の方に移動していく感じでした」
確かに、ベッドでも、責めまくっていると、女の体が枕元の方に移動していくことはよくある。これが布団だとより顕著になるということか。
「やはり女は差し込まれる方ですから」
なるほど。

 それにしてもこの「差し込まれる女」というのは面白い表現だなと思った。対して、男は「差し込む」側なんだとね。女性上位があるではないか、と言われそうだが、女性上位でも、下側から男が動いたら、差し込まれるのはやはり女だ。ここに、セックスにおける男と女の根本的な違いがある。

 差し込む側の男からみたら、女の下側にクッションがなくたって、女の肉体そのものがクッションになるので、なんら問題はない。むしろ、その方が確実に相手をとらえることができる。ところが、差し込まれる女にしてみれば、体の下側が硬いと、男の体重や激しい突きを、全て膣と下半身で受止めなければならない。この差は大きい。

 それにしても、布団の上でセックスしていた日本人も、今やベッドの上でセックスするようになってきている。我々は普段は意識していないが、これって、数百年続いた、日本人のセックスや「差し込まれる女」の快感のありようも、変化してきているということだろうか。だとすると、我々は歴史的な転換点にいることになる。

 久しぶりに布団でセックスしてみて、気が付いたことがある。それは、布団って、敷くときに妙なエロさがあるということだ。特にセックスすることを前提に敷く時って、「これからセックスします」という感じでエロい。こちらはかわいいエロさかな。
 そして終わったあとも、乱れた枕や下着、そしてシーツの所々に汗とこぼれ出た精液のシミができていたりして、何とも言えないエロさがある。こちらは、限りなく卑猥なエロさだ。

 ベッドにも、終わった後の乱れはあるけど、布団ほどのインパクトはない。セックスという「異空間」に入り込む、という意味では、布団も捨てがたい魅力がある。
 セックスの体位や、快感のありようの違いのほか、布団にはこんな一面もある。できるものなら、畳と布団の文化も、しっかりと残しておきたいものだ。




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なぜ、片脚を上げた女の姿はエロイのか?

 人の姿勢って、面白い。ちょっとした姿勢の変化で、醸し出すイメージは大きく変わる。女の姿もそうで、まったく色気がない姿勢もあれば、ちょっとした変化で、とたんにエロい姿になったりする。
 そのいい例が、片脚を上げる姿勢だ。立っていても、椅子やベッドの上でM字開脚していても、片方の脚を上げることによって、とたんにエロさが増す。これはなぜなのだろうか?

 両脚を肩幅に広げて立っている姿、あるいはM字開脚して座っている姿(体育座り)って、ある意味、自然体で、安定感もあり、リラックスしていると言える。それ故、自発的であれ、人に命じられたのであれ、いわばニュートラルな姿勢だ。ところが、片脚を上げると、この自然体に「ひねり」が加わることになり、不自然というか、不安定な姿勢となる。故に、動きのダイナミズムが加わる。

 ましてや、これを自分の意思でやるとなると、男にとっては、あたかも挑発しているかのように映る。たとえ誰もいなくても、この姿勢をとっている姿を覗き見したとすると、やはり挑発されているような気分になる。
 さらには男からこの姿勢を取るように命じられたとしても、不安性さ、動き、エロさが出る。この場合は、挑発というよりも、恥ずかしい姿勢をされているというエロさだ。

 片脚を上げた姿勢がエロく映るもう一つの要因は、肉体の物理的な変化だ。つまり、片脚を上げると、股間の割れ目がより大きく広げられるのだ。といっても、水平に大きく広げるわけではないので、左右均等に割れ目が開くのではない。むしろ下半身全体に「ねじれ」が加わることによって、割れ目の左右でちょっとした「ねじれ」ができる。実際には小陰唇がズレるということはないけど、この感覚が女性にも分るために、それがエロさとなって表情や全身にでるのではないかな、と思う。

 なので、立っている女性であれ、M字開脚であれ、女性が片脚を上げた姿勢の方が、クンニするときも、エロさが倍増する。クンニしている姿そのものは、第三者が見てもエロいものだけど、女が片脚を上げると、痴女が男に「舐めさせている」という雰囲気が出るからかな。それに、上げた片脚を男の首や肩に回せば、まさに「舐めな!」というS的な空気が支配する。
 実際、片脚を上げた方が、男としても舐めやすい。純粋な舐めやすさからいったら、水平に大開脚することだけど、片方だけという控え目さが、恥ずかしさも多少は残っていて、エロさを増すのだと思う。

 このエロさは、クンニの延長である、おしっこを飲む、あるいは飲ませる時にもそのまま使える。特に、女が仁王立ちして、男がその前に跪く姿勢の場合、女が片脚を上げた方が俄然、「飲ませている」感が強くなる。それに、こうした方が、小陰唇が広げられて、おしっこも出やすくなるという実用的な意味もある。そのことがまたエロさを増すのかな。

 セックスの体位で、女性の片脚を上げることができるのは、側位か、バックだろう。正常位や座位、女性上位だと、両脚は閉じるか開くかで、その開き具合はだいたい左右均等になる。しかし、側位だと、横になっている女の上側の脚を高く上げることができる。バック(四つん這いでも、立ちバックでも)でも、女の片脚を上に上げることができる。
 四つん這いバックの場合は、女の片脚を直角に突きだした男の膝の上に乗せてしまえばいい。立ちバックの場合は、女の体を斜め横にして(立った側位のように)、片方の脚を持ち上げることができる。これは女も何かによりかかる必要があるかなりアクロバティックな体位だけど、する男の方よりも、される女の方が、非日常感は強烈だ。

 もう一つ、駅弁でも、片脚を上げる変形がある。本来なら、両脚を持ち上げて女の体を完全に持ち上げるのが駅弁だけど、敢えて女の片脚を床に降ろすというやつだ。これは安定を得ると言うよりも、敢えて女の体にねじれを入れる意味がある。
 これらの変形的な体位は、よくAVでもみられるけど、それだけエロさが強調されるからだろうね。




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