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女性のためのオーガズム教室

presented by ふしだらなペニス

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初めての精通

 初めての精通は、小学校高学年だったと思う。中学校に入ってからは、オナニーをしまくっていたから、たぶん小学校6年だったかな。

 家で一人、留守番をしている時、何を思ったか、布団を丸めると、全裸になり、勃起したオチンチンを布団に擦りつけていた。そのころには、オチンチンを擦りつけていると、気持ちよくなるというのを知っていたのだろう。それを全裸でやれば、もっとエッチだと思ったのだろう。だがその日は、いつもと違った。擦っているうちに、下半身にキーンという快感が走ったかと思うと、突然、少量の液体がオチンチンからこぼれ出て、布団を濡らしてしまったのだ。

 びっくりした僕は、てっきり、おしっこを漏らしてしまったと思った。だけどおしっこにしては、量が少なすぎた。顔を近づけて匂いを嗅ぐと、それはおしっこではなかった。それはちょっとネバネバしていて、白っぽく、少し泡立っていた。今まで、見たことのない液体、嗅いだことのない匂いだった。その液体は、すぐに蒲団にとけこみ、丸いシミとなった。

  このおしっことは違う液体が、ペニスから出てきたというのを理解した瞬間、僕は 「性の全て」 を了解した。それまで、赤ん坊は夫婦がただ一緒に住むか、キスをすると生まれるものだと思っていた。だが、オチンチンの先から流れ出た得体の知れない液体を見て、子供が産まれる謎が解けた。まだちゃんと見たことはなかったが、きっと女の股のところに穴があり、勃起したオチンチンを差し込んでこの液体を流し込むと、子供が産まれるんだ、と直感した。

 そう思うと、一人、布団のシミを見つめながら、これで自分も大人の仲間入りをしたような気分で、嬉しくなった。もちろん、そのことは、誰にも話さなかった。話すまでもないことだと思ったからだった。




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    posted at 00:00 | オナニーの遍歴(露出編) | CM(0)
初めての快感ー登り棒

 下半身がしびれるような快感の存在を知ったのは、小学校高学年の時だった。ある日、体育の授業で登り棒に登っている時、上の方に登っていくに従って、下半身がキーンと気持ちよくなり、一番高いところに着く頃には、あまりの気持ちよさに両足や腰を細い棒にからみつけていた。登り切ったらすぐに降りなければ不自然だが、さりとてもう少しこの快感を味わっていたかった。皆に見られながら、僕はこの葛藤のなかで、一人密かに快感に酔いしれていた。一度、先生に下から「いつまで登っているんだ、早く降りてこい!」と怒られ、なんだか味わっている快感を見透かされているようで、降りる時も恥ずかしかった。

 この快感を覚えてからは、日曜日など一人で登っては、密かな快感を味わっていた。だけど、なぜ登り棒に登ると気持ちよくなるのかは全く分からなかった。精通もなかったし、これとセックスや射精とを結びつける知恵は、まだなかった。

 今から考えると、これって男の 「ドライ・オーガズム」 でもあるね。なぜ登り棒を登ると気持ちよくなるかというと、登るには腕の力だけでなく、両脚を細い棒におもいきりからみつけないといけないからだ。この時、股間全体や太股の内側の筋肉を最大限に締め付ける。きっと、この筋肉の動きが、快感を引き起こすのだと思う。その証拠に、太い木に木登りしても、この快感は絶対に起きなかった。

 ヒップアップのエクササイズとして、肩幅で立ち、左右の太股を内側に 「キュッキュッ」 と緊張させる方法がある。鏡を見ながらこれをやると、確かにお尻の筋肉が引き締まって 「ギュ」 っと上に持ち上がっている。
 実は、このエクササイズを100回もやっていると、下半身がムズムズしてくる。さすがに射精まではいかないけど、なんか 「ドライ・オーガズム」 に至りそうな感覚になる。登り棒に登っていた時の、「ああ、なんか気持ちよくなりそう」というのに近いかな。 

 この登り棒で快感を覚えるのは、男だけではないようだ。女の子でも快感を覚えた、と言う話を聞いたことがある。女の子が枕やぬいぐるみでよくやる、「角オナ」も、股間の筋肉を緊張させるという点では、同じ動作をしていることになる。

 あれだけ密かな楽しみだった登り棒にも、いつしか登らなくなった。たぶん、登っても、あまり感じなくなったからだった思う。 何回も試しながら、「あれ、おかしいな...気持ち良くならない...」 と思いながら、一人むなしく、登り棒から降りた記憶がある。

 登り棒による 「ドライ・オーガズム」 を味わうようになってから一年ぐらいで、初めての精通があった。精通すると、もう 「ドライ・オーガズム」 も起きなくなった。射精の快感を知ると、当然、登り棒なんかに登る必要はなかった。だって、射精の快感の方が、登り棒で得られた 「ドライ・オーガズム」 よりも、10倍ぐらい、気持ちよかったからだ。それに精液という快楽の物証も見ることが出来たしね。




    posted at 00:00 | オナニーの遍歴(露出編) | CM(0)
体育倉庫オナニー

 オナニーをするようになったのは13才の時、中学1年生だったと思う。「いけない、やめなければ」と思いながらも、放課後になると、僕の足は近くの小学校に向かっていた。誰もいない放課後の小学校に塀を乗り越えて侵入する。誰にも見られていないのを確認しながら、体育館脇にある倉庫に入った。なぜか鍵はいつもかかっていなかった。

 倉庫の中は跳び箱やマットが重ねてあり、埃と汗臭い臭いに満ちていた。倉庫でオナニーをしたのは、その匂いとかに興奮したわけではなく、一人になってオナニーできる秘密の遊び場だったからだ。
 扉を全部閉めると真っ暗になるので、扉を数センチだけ開けて、外の光りを差し込まさせると、僕の秘密のオナニータイムの始まりだった。誰かに見られる危険もあったから、すぐにやり終えなければらなかった。

 壁に向かって、壁から30センチほどのところに立ち、ズボンとパンツを膝下まで降ろすと、すでに勃起しているオチンチンを露出させる。中学生にしては大きなオチンチンが、暗闇の中、隙間から差し込む光の中でヒクついていた。右手で皮を「グー」とめくると、オシッコや恥膏の匂いと共に、湿ったピンク色の粘膜が現れる。時には白っぽい恥膏が粒状になって皮の隙間から現れ、何とも言えぬイヤらしい匂いがした。僕にとっての性の匂いだった。当時、まだ包茎だった僕にとって、ピンクの鬼頭を剥き出しにすることが、スタートのサインだった。

 そのころはまだ仮性包茎だったので、鬼頭が一番感じるとか、鬼頭の後ろの溝の部分が敏感で、ここを擦ると気持ちいい、ということは知らなかった。ただただ、オチンチンの棹の部分を手できつく握りしめ、前後に動かすことしか知らなかった。唾をつけるとか、ローションを使うことも知らなかった。擦りはじめは全く気持ちよくはならなかった。だけど、経験でずっと擦り続けていると、だんだん気持ちよくなってくるのを知っていた。数分間、力強く擦っていると、オチンチンの根本が痒くなるような感覚になってくる。

 すると、甘酸っぱい蜜のような匂いが、オチンチンの先っぽから匂ってくる。だから僕にとっての精液は、汚いものと言うよりも、快楽の蜜のようなものだった。甘い蜜の匂いがすると、射精が近いサインだった。
 更に擦っていると、オチンチンの根本や金玉の奥の方から、すさまじい快感の衝撃が全身に走った。腰を突き出したまま体は硬直し、頭も真っ白になった。精液が飛び出るのはそれから1秒ほど後だった。オチンチンの先から真っ白な液体が、凄い勢いで飛び出ていき、「ビシッ」 と音をたてては、壁にこびりつく。少年の頃は、今のように精液が尿道を通過している間よりも、射精が始まる直前の数秒間が気持ちよかった。当時はまだ精液の量も少なかったのか、2~3回の収縮で全ての精液がでたように思う。また、今と違って快感の余韻というのは全く無く、射精したとたんに気持ちよさが消えた。

 壁にこびりついた精液は、最初はゆっくりと垂れ、徐々にスピードを上げて床に落ちていく。辺り一面に栗の花のような臭いが漂う。射精を終えて我に返った僕は、数本の白い線がコンクリートの地面まで達するのを見ながら、まだ硬いオチンチンを無理矢理パンツの中に押し込み、ズボンをあげ、誰もいないのを確認してから、そーっと外に出た。これが僕の午後の日課だった。

 倉庫の木の壁は、毎日のようにかけられる僕の快楽の結晶で、何本もの黒っぽい線となっていた。しかし、ある日、いつものようにオナーしようと倉庫へ忍び寄ったら、鍵がかかっていて入ることができなくなっていた。きっと誰かに気付かれたのかも知れない。僕は、秘密の場所と時間が封印されてしまったような寂しい気がしたが、その一方で、これでいけないことも止められると言う安堵感もあった。

 その後、大人になって、小学校を訪ねたとき、この体育倉庫の壁が気になり、ちょとドキドキしながらも倉庫へ向かった。しかし、扉にはあいかわらず鍵がかかっていて、中に入ることは出来なかった。だけど、壁に残された何本もの黒いシミは、僕の青臭い青春の証として、今もきっと残っているに違いない。





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